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裸足になるのはハードルが高い

昨日、魚の形をしたサンダル(略して魚サン)を履いて逗子まで映画を観に行った。

魚サン履いていても、恥ずかしさはない。むしろ注目してほしい感じしかない。
横須賀線のグリーン車内でちょっとギョッとされたけど、せいぜいそのぐらい。しかも映画館についく前から足が痛くてたまらない。小指にまめができていた。あえなく魚サンを断念し、何かあってもいいようにと持参したマンサンダルに履き替える。
いろんな意味で、残念感が生まれる。そして気づいた。むしろあの時の方が羞恥も、ドキドキもあった、と。

それは、昨年5月からマンサンダルを中心で生活すると決めたときのことだ。

マンサンダルとは
裸足と靴をつなぐ履物。開発者の坂田満さんの愛称、マンさんと掛けてマンサンダルという名称。

たかが裸足になるだけ。
だけど、これまで当たり前のように履いてきた靴を履くことを辞める。当たり前の日常を手放す恐怖や不安。何より、誰に何を言われるか分からない。そうだ、人の目が一番怖かった。

果たして、1年履き続けて、「人は足元をそんなに見ていない」と分かった。なんなら誰も何も言わない。いや、むしろ足元を見てくれた人は、興味を持ってくれる。今、メーンで支援に入っている大学では、もはや「サンダルを履いていないむねかたさんは、むねかたさんじゃない」とまで言われる。2つ目の大学も、履き替えるための靴を持参するのを辞めた。

もちろん後ろからクスクス笑われることもある。冬場は驚かれる。でもそれは、チャレンジしていない人の遠吠えだとも気づいた。私も自分がチャレンジしたくてもできない時は、遠巻きでごそごそいうからわかる。

そんなことを思いながら、午前中に「杜人」を見た後、午後は「名づけようもない踊り」を鑑賞する。ダンサーの田中泯さんは、若いころはそれこそ裸一貫で踊ってきた人だ。もちろん泯さん自身も恥ずかしかったと、映画で述懐していた。でも裸だから隠しようがない。自分の内側を踊りで表現している。ただそれだけだ。

その映画を観た後、逗子海岸に行く。午前中の嵐はどこへやら。すっかり太陽が出ていて、たくさんの人が海水浴を楽しんでいた。
ビキニのお姉さま方を眺めながら、今水着になれるか?を自問自答する。
いやー私は足も太いし腹も出てきたし、毛の処理もしないとだから、水着は厳しい、恥ずかしいなあ…。
と感じたときに一つの仮説が出てきた。

人は皮膚を出すのをもはや恥ずかしいと感じている。

その仮説に対して、恥ずかしいのは何が?という問いが生まれる。

皮膚の下は自分の内側しかない。
皮膚だけでいると、自分の内側にあるもの全てが見られるような感覚が生まれる。そうすると、隠しようのない自分で勝負することを迫られるが、「私には何もない」のが、ばれてしまう。それは痛い、痛すぎる。洋服や靴に覆われている安心感は、何物にも代えがたいし、なんなら別な自分になり切れる。何より自分自身の内側を観ずに済むので、相当に気が楽だ。

考えたら、マンサンダルを履く前の方が思考が強かった。もちろん今も。でも裸足の生活は、必ず痛みを伴う。その痛みを受け入れ、快も不快も、どちらもあってもいいと体感で味わえるようになった。それは、裸足をよしとするようになってからだ。

そんな結論に至って初めて、「だから裸足で生活すると決める方が、魚サンで街中をぶらつくよりもハードルが高いんだ」と納得できた。

ところで「名づけようもない踊り」では、泯さんの生活も垣間見られた。もう30年以上も畑を耕しながら体づくりをしているという。理由は、「ダンスのために体を鍛えるのは違う。自然じゃない」と言っていた。それは納得で、私がマンサンダルを履き始めたのと似ていた。

私は自分の姿勢の悪さをどうにかしたかった。まさか小笠原で酔っ払って高台からジャンプして半月板損傷したのが、姿勢の悪さが影響していたなんて、思いもよらなかった。でもその時にリハの先生に指摘されたのは、足元から全体を変えることだった。骨盤だけ、肩だけと一か所を変えるだけでは対処療法に過ぎない。長年の癖は簡単には変えるには、土台から作り直す必要があるのだ。

足元から、なんなら足の裏から変えていく必要があると感じて始めた裸足生活。ちなみに時間が経つうちに姿勢も変わり、歩き方も変わってきた。オフだけでなく、オンタイムも裸足をおすすめしたい。


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