ケーキ屋さんの開店を待つ間に
どうしても行きたいケーキ屋さんがあった。
そのお店は白いテントが目印の、小さなビルの2階にある。
開店の15分前にはお店に着いた。
するとビルの階段から店主の女性がタンタンと降りてくる。そばに停まっていた車から出した箱を両手で抱え、振り返ったところで目が合った。ぺこりと会釈する。
「すみません。まだ準備が出来ていなくて」
「いえいえ、むしろ早く着きすぎてしまいました」
お店まで上がる階段は人がすれちがえないほどの幅だ。準備の邪魔にならないよう外で待とうと思い、鞄からスマホを取り出し眺めていた。
ビルの1階には別のお店がある。そこから出てきた女性が、ケーキ屋の店主さんに歩み寄り声をかけている。
たしかここは美容室だったから、店員さんかもしれない。
またスマホに視線を落とす。あと10分くらいだからInstagramでも見ていればすぐに開店時間になりそうだ、と親指をアプリに伸ばす。
「よかったらこちらでお待ち下さい」
声の方を見ると、さきほどの美容室の店員さんだった。
「え、そんな、いいんでしょうか」
ケーキ屋さんに来たのに、美容室で開店を待つなど、聞いたことも経験したこともない。ありがたいけれど外で全然だいじょうぶですから、どうかお構いなく、という気持ちを言葉に込めた。
「どうぞどうぞ。先にお見えの方も店内でお待ちですから」
私以外にもそうしている人がいるという事実と、店員さんの笑顔に導かれて、では、と美容室に入っていく。
ドアを入ってすぐ、椅子がゆったりと6脚並べられた大きな机に案内してもらった。たしかに女性がひとり座っている。
なんとなく、ちょっと遠慮して浅めに腰掛ける。
店員さんが雑誌をすっとテーブルの上に置いてくれた。読んでも読まなくてもどちらでもいいですよ、というくらい適度な距離感の場所へ、そっと。
スマホと雑誌を交互に見ていると、目の前に木製のコップが現れた。
なんと、温かいお茶を淹れてくれたのだ。コップの内側に彫られた模様が美しい。
私は美容室に来たものではない。それなのに。
こんなことってあるんだろうかという驚きと、損得を超えたやさしさ。論理とかすっとばして、心だけが動いていた。言葉にならない思いだった。
かろうじて「ありがとうございます」と伝えた店員さんの表情は、にっこりと笑顔だった。
深く、椅子に腰掛け直した。
***
ケーキ箱が入ったビニール袋を右手に下げ、階段を降り、外に出る。
歩を進めながら美容室を覗くと、あの店員さんはドアの近くの受付に立っていた。
聞こえる距離ではないけれど、ありがとうございますと言いながら頭を下げる。
店員さんは笑顔だった。
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