見出し画像

「ママは良い人生なの?」Vol.26

退院した翌朝、長女から「パパ、どうだった?眠れた?」と電話が来た。そっけないようで優しい長女。夫はぐっすり眠れたようで昨日より顔色も良い。たわいない会話を交わした後、私は思わず「パパが働きたくてたまらない病」なのだと言うことを伝えた。すると長女はたった一言「は?バカじゃない?せっかく退院したのに死にたいの?やめなよ。」と一蹴された。

次女と私は大笑い。夫は苦笑い。
私がこの数日一人悶々と考え続けていた凝り固まっていた悩みが、娘たちの言葉でポロポロと薄皮が剥がれ落ちるように軽くなっていく。そしてその奥にある「本当は(夫も含め)皆がありたいと思っている姿」に向かっている感じがする。
ようやくここまでたどり着いた。

朝食を食べながら夫から「今日の床屋の送り迎え車でしてもらっていい?」と話してきた。お、風向きが変わり始めた。そして月曜日からの仕事も、移動に関しては当面私の車で行いたいと言ってきた。長女の愛ある「バカじゃない?死にたいの?」の一撃も効いたのだろう。

ふとグループLINEを見ると、ナースさんから貧血についてデータを読む基準が届いていた。
「 血液検査で貧血をみる指標は『ヘモグロビン値』です。通常、10〜10.9g/dLで軽い貧血。7〜9.9g/dLで強い貧血。6.9g/dL以下で大変な貧血です。9g台のご主人が輸血一歩手前ということがわかると思います。」
なるほど。これを見て夫も考えたんだ。個別に合わせた対応は本当に大切。耳で聞いただけだと流れていく情報も、何度も目視できる方法で伝えるとイメージしやすいのだろう。

朝食を終え少しゆっくりした後、次女と一緒に家の前にあるスーパーに買い物に行った。お散歩だ。
「ママ、私携帯持って行くね。」と次女がこっそり耳元で教えてくれた。何かあったら私に電話をするつもりだ。あぁ、今回のことは子ども達をものすごく成長させている。「わかった。たのむね。」と小さく耳打ちして応える。
電話もなく、15分程度で無事に帰宅。エコバッグを覗くと納豆や卵と一緒に次女が大好きなジュースも入っている。パパの護衛だったからね。ちゃっかり隊員1号お疲れ様でした。

できることから始めて小さな成功体験を積み重ねることが「焦らずゆっくり」コースなのだと夫も気が付いたかな。

大病から回復の道を歩むのは誰もが初めてのことだ。先が見えずゴールがわからないまま手探りで歩むわけだ。互いに見える景色がズレて衝突することもあることはしょうがない。あぁ、今日の私の心は余裕がある。私こそ焦らずゆっくり、だよな。

午後から床屋に行き、40分後に迎えに行く。さっぱりした頭がうれしそう。明日職場に挨拶に行く準備ができてきた。その足で職場に持って行くお見舞いの返礼品を購入に行く。彼は事前に入院中に予め電話で品定めをし予約していた。どうしても行きたかったことがわかる。

家に着くと「疲れたよ。30分寝るね」と横になり、1時間以上ぐっすり。やはり体力はかなり落ちている。

その後、グループLINEにナースさんから今日一日の様子を尋ねられた。
・ひとまず貧血の値が落ち着くまでは、移動は1人で行わないこと
・職場へ私の車とタクシーを使用して行くこと
・水曜日・土曜日・日曜日のお休みを取ること
・基本的に短時間勤務をしばらくは行うこと
・在宅でできる仕事がないか、長く働くために助走期間を設けてもらえないか交渉すること
・決めたことは絶対ではないのでいつでも変更可能にすること 
最後の一つは彼の性格上の特性だ。「目標を決めたらちゃんとやり遂げたい」という彼の考え方の特性からくる行動が、良い時もあれば回復の足を引っ張ることもある。

話し合った内容を伝え、昨晩の私の大爆発を経て一晩明けたら話し合いができるようになったこと。長女や次女のアシストがとても心強かったこと。夫もこちらの意見を聞き入れるようになったことなどを伝えた。

「ご主人、昨晩よく眠れたんですよ。そして本当はキツイのだと思います。昨日のYOKOさんの強い言葉で良かったんですよ。」「そして、社会に迷惑をかけるという言い方をYOKOさんはしてくれたけれど、実際体調が悪くなって倒れる人は多いですし、思ったよりも電車やバス移動は疲弊します。今は感染の心配もあるので、公共交通機関の使用は本当に良くないな、と私も気が付きました。そういう意味でもこの判断は良かったと思います。」ナースさんの冷静な言葉に自分の行動が認められたようで本当に自信がつく。

嬉しさのあまり言わなくても良いことまでうっかり言ってしまう。「昨晩は離婚してもいいや。くらいの気持ちでしたね。まさかの退院離婚になるところでした。やってられないや、と心底思いましたから。」「次女が今日何度も『明日はパパはママと一緒に行くんよね?車の運転はママよね?』と確認していました。『そうじゃないと、行けないよね。』とはっきり言っており、今時点では次女の方が冷静だ、と思いました・・・。」

「『離婚も』と言うのは、命がけで話すというお気持ちだと思います。ほんとに、3ヶ月でおうちに帰れてよかったです、ほんとにほんとに。この幸せを手離さないでほしいですよ。それにしても〇ちゃんの成長が著しいですね。素晴らしいです。」
あぁ、ナースさん本当に優しい。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?