「おくやみコーナーがあるならば」vol.3
7月、8月と暑さを調整しながら、抗がん剤も量の増減はあれども順調に投与。仕事は職場に術後の働き方を相談し新しい働き方ができるようになった。食べものも生ものや冷たい飲み物などを控えれば、家族と共に楽しめる食事も多くなってきた。
定期健診は毎回結果をドキドキしながら聞くことになるが、目先の数値に一喜一憂するだけでなく、検査前後の流れや生活の状況など生活トータルで見てもらえるナースさんがいることで、不要な悩みはずいぶん減った。疑問に思うことは夫も医師に尋ねる習慣が少しずつ出てきた。
家族で車での夏休みの旅行も楽しんだ。こういう日々がいつまでも続きますように。来年もまた一緒に旅行が出来ますように。誰も言葉にはしないが、写真一枚撮るのも「みんなで映ろう」と声をかけている。今まで4人で映った写真がこんなに多い旅行はなかったかもしれない。今まではどこに行くかに拘っていた夫が、「みんなはどこに行きたい?」と聞いてきた。
私が行きたいと言った場所に「良いね、そこに行こう」とすぐに賛同した。その時は「あら、パパが場所を決めないの?珍しいね。」と子ども達に言われ笑っていたが、今思えばどこに行くかよりも誰と行くかが大切だったとわかる。皆、同じくらい良い思い出を作りたいと思いながら過ごした楽しい旅だった。
その旅行の2日後、やはり疲れが出たのか食事の量が一気に減ってきた。皮膚のトラブルが出てきたりと抵抗力低下が顕著にみられる。身体に異変が起こるととてもナーバスになる夫は、自分より弱いと思うものに感情をあらわにする。この頃は愛犬に強くあたっていた。
そんなある日。暑い日が続くので12歳の老犬は日中家の中に居ることが多い。長時間家の中に居るとたまにおしっこの粗相をしてしまう。夫以外の家族は「あらあら今度は気を付けようねー♪」と言いながら片付ける。夫はというと、失敗が許せないらしく、その現場を見るとすぐに大きな声で怒ってしまう。わざわざ怒りたくないので「犬は外に出す」と夏の炎天下でも犬を庭に出そうとする。実はこのやり取りは何年も続いていて、家族間でどうしても落としどころが見つからない件のひとつだ。
今までは「自分の機嫌が悪いのは犬が粗相をするからだ。」と言って聞かなかった夫だったが、大病を患ってから少し変わってきた。こんなメールが届いた。
「16時過ぎに帰宅したら、ケンが玄関でオシッコしてました。今回は普通の洗剤だけで洗い流して、拭き取りました。ケンには怒鳴りました。 もう私の限界を超えました。明日からは天気も落ちつくようなので、家外にでてもらいます。明日も私が帰宅するのは5時過ぎですから、また同じことがあると手をあげるかもしれない恐怖があります。とにかく今から寝ます。」
怒りを抑えて書いたからか、なぜか全てですます調だ。しかし、気持ちを表現してくれている。「自分が怖い。」自分の気持ちの辛さに気が付いたのだ。これは「助けてほしい」のだとわかる。
晩御飯を食べながら今日の様子を聞くと、次女の習い事のボウリングに初めて同行し緊張した。場所が賑やかで音が大きく疲れが出る場所だった。帰宅しゆっくりしたいと思って玄関を開けると犬のおしっこの始末をしなくてはいけなかった。お腹も空腹でイライラの限界だった。これ以上悪くなっちゃいけないと思い寝ることにした。とゆっくり話をしてくれた。
夕方に帰省した長女に状況を話す。家族会議をすることにした。
犬が12歳の老犬であること。人間が炎天下で過ごすことが辛いように犬も辛いこと。そして何よりみんな家族であること。どういう生き方を犬にしてもらいたいか、家族で考えること。なので、夫一人で「外に出てもらいます」と決めることではないこと。犬と人間が共に暮らす折り合いを付ける話し合いをしたいことなどを長女の進行で行った。
「犬は玄関までOKにしよう。空調は玄関もしっかり届くように配慮しよう。粗相しないようにシートを上手く敷いてその処理も簡単にできるようにしよう」など共に暮らすことについて現段階の答えが出た。
「パパ、ありがとう」と長女がサラッと言ってくれた。この一言は大きい。
夫が俯瞰の視点を持てるようになり、家族の会話がずいぶん変わってきたように感じる。
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