【小説】よくばりの味
わたしは小さい頃から、よくばりだった。
きょうだいはいないので、誰かと競う必要はなかった。
けれども、なにかとモノや愛情を欲しがった。
いつも満たされていたかった。
一時的に満足したとしても、すぐに他を探してしまう。
よくばりだから満たされないのだと、今では思う。
考えてみれば当たり前なんだけど。
たくさん食べたくて両隣の子から半ば強引にもらった給食のソフト麺。
麺が多すぎてパスタソースの味はほとんどしなかったっけ。
家族が買い物に出掛けている隙に作ったカルピス。
むせてしまいそうなほどの甘さが今でも想像できる。
わたしの人生はいつも、「よくばりの味」とともにあった。
よくばりの味は、後悔の味だ。
欲張ったからといって良いものを手に入れられるかといえば、全くそんなことはない。
そんなことは誰よりも分かっているつもりだ。
でも、欲しくなってしまうのは仕方がない。
いや、違う。
自分が空っぽになってしまうのが怖かったのだ。
両手ですくい上げた水が儚く消えてゆくように、私からはいつも何かが流れ出していく。
私という容器の中にいろんなものをかき集めてみても、ただ通り過ぎていくだけ。
穴の空いた容器に価値など無い。
ひたすら、穴が空いていることを悟られないようにしている。
だから、きみの存在が不思議でならなかった。
きみにはなんにもない。
富や名誉なんてそんな次元じゃない。
輝くような容姿も、突出したスキルも、小さなプライドすらも持たない。
ただひたすら、あっけらかんとしている。
私には穴だらけどころか、底のない瓶に見える。
魅力的に見えるはずがないのに、ついそのからっぽの容器の中を水が流れ落ちていく様子を見届けたくなってしまう。
そしていつしか、共通項を探していた。
私の日々は、なぜだか満たされていった。
私はきみと同じいきものだと思われたくて、欲しがるのをやめた。
無理して高い服を買うことはないし、友人の話に頬が引き攣ることもない。
ただ、きみと同じ気持ちになりたくて、きみと話したくて、きみのそばに居たくて。
私は、欲しがるのをやめた。
きみと隣を歩くたびに感性を共有したくて、きみの体温を私に分けてほしくて。
あれ。私、もしかして。
きっときみはずっと気づいていたのだろう。
私の言動や行動は、悲しいほどに欲でまみれている。
欲がない人生なんて考えられない。
こんなよくばりな私なんて。
このままではきみに嫌われてしまう。
それが一番怖い。
私はなにも、欲しがらなくなった。
そしていま、私はきみの背中をただ見ている。
最後まで嫌われたくなくて、なにも言えない。
改札前、喧騒のなか、きみが残した一言だけが聞こえた。
「欲しがってくれて嬉しかったんだよ」
はっとした。
きみは「欲しい」が欲しかったのだと、ようやく気がついた。
目から鼻へと伝うしょぱい味は、やっぱり、よくばりの味だった。
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