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言葉の宝箱 1052【私たちは他人がいなければ生きられない、だから心を通わせなければならない】

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『小説あります』門井慶喜(光文社2011/7/25)

N市立文学館は財政難のため廃館が決定した。
文学館に勤めていた老松郁太はその延命のため、
展示の中心的作家、30年前、置き手紙を残して行方不明となっていた
徳丸敬生の晩年の謎を解こうと考える。
謎解きの過程で郁太は文学館の存続を懸けて
「人はなぜ小説を読むのか」という大きな命題に挑むことに。
果して、主人公が辿り着いた結論とは!?

「人はなぜ小説を読むのか」という命題に、本文で提示された答えは
①時間つぶし
②現実逃避
③人格の修養
④豊かな情操を養う
⑤別の人生が経験できる
⑥孤独であることの練習
⑦人とつきあうため

・私たちが孤独の練習をするのは、
ほんとうは、人づきあいのためなんだって」
他人の心はわからない。他人に心はわかってもらえない。
この世というのは結局はそういうさびしい場所だが、
しかし、いちばん気が重いのはそのこと自体ではない。
いちばん気が重いのは、それにもかかわらず
私たちは他人がいなければ生きられないという事実なのだ。
だから心を通わせなければならない。
錯覚だろうが、非常識だろうが、妄想だろうが、
私たちは他人とわかりあわなければならないのだ。
当然、小説もそのために読んでこそ役に立つ。
小説を読んだら現実逃避してしまいました、
厭人癖がつのってしまいましたなどと言う人がもしあるなら、
それは彼らが孤独を得たからではなく、
得た孤独が中途半端だったからにすぎない。
十全な孤独は、真の孤独は、
「最後には、この世にちゃんと戻ってくるんだ」
もっとも、真の孤独などと言うと、
まるで
小説の読者に途方もなく高い理想をつきつけているように聞こえるが、
そんなことはない。
たいていの読者はこういう心の操作を無意識のうちにやっているのだし、
だからこそ
彼らは――我らは――べつだん現実逃避もせず、厭人癖にもとりつかれず、日々おなじように他人と話すことができるのだ。
小説の読者は、だから充実を感じている。
そんな高度な孤独を味わえて、
しかもそんな複雑な社交がこなせる自分に満足している。
けれども
その充実なり満足なりの内容をいちいち分析するのが面倒くさいから、
一足とびに、「小説って面白いよね」などと、
ごくおおざっぱな結論のみをつぶやくことになるのだ P338

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