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言葉の宝箱0132【なんか、こう、さびしくてね】


『海鳴り(上)』藤沢周平(文藝春秋)


心の通じない妻、冷え切った家庭、
薄幸の人妻に想いを寄せていく老いらくの恋。

・――あれだから・・・。商売もうまくいかんのだ、と思った。
しかしああいう性格だからうまくいかないのか、
それとも商いが思わしくないから、
ああいうひとに嫌われる性格にかわったのかよくわからなかった P19

・「あんた、しあわせなんだよ。目ざしたことをやりとげたから。
さびしいというのは、
そういう男の気持ちのぜいたくというものじゃないのかね」(略)
おたきは苦労をともにして来た糟糠の妻だった。
だが振りむいてみれば、わがままで、さほど気が合った女房でもなかった。そういう女だと気づかなかったわけでもない。
気がついていたから、長い年月の間に、
数え切れないほどに夫婦喧嘩もしている(略)
老境を垣間見た目で振りかえってみると、
おたきはつまり、これだけの女だったのだな、と(略)
「いま考えてみれば、ぜいたくだったかも知れないが・・・(略)
そのときはそうは思わなかったな。
なんか、こう、さびしくてね(略)
むろん、そんなことは、それこそ男の夢なんだよ。
暮らしに不満のない男なんてありはしないのだ。
満足しているってのは、
どっかで自分を殺したり、無理をしているってことでね」 P118

・何をやってもいいということになったら、
手を出すのはやっぱり女だろうな(略)
ほかに何がありますか。
酒? 酒は酔いがさめればそれっきりですよ。
芝居見学、物見遊山、じきに倦きますよ。
商いに精出している方が、まだ面白いようなものだ(略)
だけど、女は違うね。
酔って、酔ったままさめないんじゃなかろうかと
思わせるところがあるからね P122


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