車いすユーザーは四人神輿の夢を見たか? 〜車いすトラブルの背景考察 ①
車いすユーザーの、わがままに見える行動が時折ニュースになり、そのコメント欄等はしばしば炎上する。もはや風物詩かと思うくらいである。
自分がリアルタイムで覚えている最も昔のケースは、「五体不満足」著者の乙武さんが2階にあるレストランに入るときに持ち上げが必要になった件だが、それ以降も一向にお互いの理解が進まず、むしろ対立が深くなっているようにも思える。
そして、双方がそこから歩み寄るために、自分が考えているようなことを論点にする人がなぜか少ないようにも見えて、とてももどかしい。
そこで、法令と物理、法令と歴史から、それぞれの側に1本ずつ、思考の補助線を引くことを自分からは提案したい。まずは前編からである。
⚫︎車いすユーザーへの問い
「自分の権利を主張するために、他人の身体を犠牲にしていないか?」
車いす1台の重量は軽いものでも10kg、多機能で坐り心地の良いタイプだと15kg近くになるはず。そこに体重45kgの人が乗ったとして、おおよそ60kgの総重量になる。
では、60kgの車いすユーザーを持ち上げるのに、必要な人数は何人でしょうか?
この問いに答えるには、持ち上げるという労働における、どんな数値基準があるかを探さなきゃならない。
後で述べるが、日本の介護労働における腰痛予防の基準だと、車いすごとの持ち上げは原則アウトになってしまうので、まずは手持ちの文献をあさり、具体的に重量が出ている書籍から、(※文末参照)ノルウェーの保険職員における身体負担の限度を参考にする。
これ、添付の図がわかりにくいので、その境目は詳しい人に尋ねたいところなのだが(あえて引用しなかった)、ざっくり言うと幼稚園の年中さんまでは手を伸ばして高い高いがオッケー、小学校低学年までは引き寄せて抱っこがオッケーみたいな感じである。
もっと重量がはっきりしているもので例える。5kgの米袋が5個で25kg。でもそれをまとめて持ち上げたことのある人はなかなか居ないだろう。建築現場の人間がイメージしやすいところではセメント袋1つが今は25kg。これならどうだろうか。
これがちょうどノルウェーの基準における、直立時の体幹に近いところでの持ち上げの上限重量と同じである。
軽く前傾し、腰椎から手が水平に45cm以上離れる場合のリミットは15kg、つまり2リットルのペットボトルが6本入った箱にもう1本載せたくらいの重さである。COSTCO(本場ではコストコではなくコスコと呼ぶそうな)や、業務スーパーあたりで気軽にお試しはしたくない、くらいの重さであることは想像ができる。
それを踏まえると、階段で人の乗った車いすを、全員が前傾もせずに密着して担ぐのも難しいだろうということで4×15=60、つまり4人がかりが正解で、さらに裏を返せば、それ以下の人数で車いすを持ち上げる場合は、その介助者の身体を痛める危険がある、となる。
ちなみに日本でも厚労省からも「職場における腰痛予防対策指針」という、似たような基準は出ているのだが、そもそもその場合、介護労働における人の抱え上げは原則禁止である。
また、やむを得ない場合は同じ体格の2人以上で対応することになっている。この例外規定を使えば、2人で持ち上げても状況次第では法令に沿っていることにはなる。以下備忘を兼ねて詳細を置く。
ちなみに、単純に重いものを持つ基準である、上記指針の重量物の取り扱い基準によると、18歳以上の女性の断続作業の上限が30kg、連続作業のそれが20kgで、男性の目安はその1.67倍の計算だからそれぞれ50kg、33kgとなる。
最大で体重の60%という目安もある。体重80kgだと上限48kg、同50kgで30kgとなり、前者はほぼ上の男性向け、後者は女性向けのものと同じ値になる。
やむを得ない場合の抱え上げ2人介助が許されているのは、これを準用しているということだろう。法令における、現実との糊代というやつですね。
つまるところ、車いすをお神輿のように担ぐ介助を職員やボランティアに要請する事は、現代の日本では原則禁止、介護先進国として知られるノルウェーでは健康被害をもたらすとして禁じられている水準の労働であることを、車いすユーザーは知っておく必要がある。
双方の転倒や落下事故の危険があるからだけでなく、自らの要請で未来の車いすユーザーを増やさないためにも、である。
介護福祉士養成校の非常勤講師の立場からも、これは本当にお願いしたい。このままでは働き手がいなくなるよ。
介護職はその知識や技術を磨いて仕事をしているのだから、腰痛でリタイアされては困るのだ。みんなの損失なのだ。
では反対に、いわゆる健常者の皆さんに足りない思考の補助線は何なのか、結局のところ、この問題をどう考えたらいいのかまで、この話は次回以降に続くのである。
なお、この件に関連した投稿がこれ。
※参考文献
移動・移乗の知識と技術
援助者の腰痛予防と患者の活動性を目指して
ペヤ・ハルヴォール・ルンデ 著 中山幸代・幅田智也 監訳
和子・マイヤー 訳 中央法規出版
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