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村田陽一ビッグバンド『Crawling Forward』2021年インタビュー Vol.1 (Interviewer:内田正樹)

2021年2月にリリースされた村田陽一ビッグバンド『Crawling Forward』はコロナ禍に行われた無観客配信ライブの模様を収録したアルバムである。ファンクとブラジリアン・テイストを基調とした全曲オリジナル作品の演奏は、CD帯のコピー通り、まさに「Funkyでサウダージなサウンド」だ。リリースに際して村田に行ったインタビューをnoteに寄稿する。Vol.1では本作リリースの経緯から村田陽一ビッグバンドのコンセプト、アルバムのミックスやマスタリングの方向性について語ってもらった。なおVol.2では全曲解説をお届けする。前後編合計12,000文字のロングインタビューから、より深く村田陽一ビッグバンドの世界を楽しんでもらえたら幸甚である。(内田正樹)  [写真協力:BLUES ALLEY JAPAN]

 ──本作は2020年7月13日に配信された無観客ライブの模様をレコーディングしたアルバムです。まずはライブの実施までの経緯からお聞かせいただけますか。

「昨年の4月頃からコロナ禍を受けた配信が増えましたよね。ですが、最初の頃はライブの途中で途切れてしまったなど、配信トラブルの話も幾つか耳にしていました。僕はどうしても演奏のクオリティは譲れないし、ミュージシャンの気分も大事ですので、生配信はちょっとリスクが高いという判断から、どうせ無観客配信ならば収録にしようと思った。当日はみんな昼ぐらいに会場入りして、1曲ずつサウンドチェックをして、1曲ずつ録っていきました。2テイク録って3曲やったら換気で休憩みたいな進行でした。それも生だと難しいので、収録で良かった。16時ぐらいには全て終わって、配信時間は僕だけが会場に残って、曲間にコメントを交えて配信しました」

 ──まさに「コロナ禍ならでは」とも言える現場進行でしたね。

「ええ。ただここは明確にしておきたいのですが、今作は決して『コロナ禍だからこういうアルバムを作りました』というものではなくて。あくまで自分としては極めて平常運行というかルーティンな制作の一貫なんです。決して『みんな仕事が無くなっちゃったから配信ライブをやった』とか、その二次的な用途としてアルバムを作ったといった代物ではない。今回の会場のブルースアレイジャパンではコロナ禍以前からよくライブをしていたし、同所でレコーディングした前作『LIVE』もコロナ禍以前のリリースでしたから。『コロナ、大変だよね。だから無理して、頑張って作ったんだよね?』という風に捉えられるのは心外なので、ここは強く言っておきたい」

 ──そこは大事なポイントだと思います。前作『LIVE』はオールカバー曲で、今作はオールオリジナル曲の演奏でした。この両者のコンセプトについては?

「前作はクライアントからの発注に応えて書いたカバー楽曲の楽譜のアーカイブスを自分たちの演奏で残そうというコンセプトでした。そこで今作をオールオリジナルにすれば、オールカバーとオールオリジナルという二作の対比が成立するなと。それともう一つ。海外楽曲の使用料はリアルタイムの演奏のみの配信やYou Tubeのような無料サイトで演奏する場合と、一定期間、配信アーカイブに残す場合とでは金額が全く異なる。リアルタイムとアーカイブで内容が変わるのも好ましくないし、だったら、尚の事、今作は全てオリジナルで行こうと。前作に一切オリジナルを入れていなくて本当に良かった(笑)」

 ──今作の選曲はどのような視点から?

「まずは全体の基調をファンクとブラジリアンにしようと。その上で、プレイヤー各々のソロがきちんとフォーカスされる間のある曲や、『これ、ビッグバンドでやったらどうなるかな?』と閃いた楽曲をセレクトして、2週間ぐらいでビッグバンド用のアレンジを書きました。僕は自分のオリジナル曲を、一つの色だけではなく、いろんな色で届けることで聴いて下さる方に曲の新たな側面をお届けしたい。そうすることで演奏する側と聴く側によって曲が育てられていくはずだと信じているのです」

 ──2019年のオフィシャルインタビューの際、村田さんから「基本的に村田陽一オーケストラはギル・エヴァンスのマナーを体現している」というお話がありました。

「はい。後期のギル・エヴァンスですね」

 ──ですので、今回は、村田陽一が考える村田陽一ビッグバンドの定義についてもお伺いしたいのですが。

「基本的には、世間で言うビッグバンドのマナーに全て則っています。完全にスコアミュージックで、譜面に書かれた音符通りに演奏してもらう。ざっくり言うと、管はトランペットとトロンボーンとサックスにそれぞれのかたまりがあって、さらにそれが一つにまとまっている。唯一、自由度が高いのはリズムセクション。後期のギル・エヴァンス・オーケストラって、どうもパート譜が存在しなかったようで、ざっくりした進行だけがあって『何段目を吹く』みたいな、雑な感じの指示だったらしい。つまりハプニングがメインになるので、日によって演奏がアメーバみたいに変っていく」

 ──なるほど。

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「ギル・エヴァンスが巻いた餌を使ってプレイヤーによって演奏が培養されていく感じですね。彼はジミ・ヘンドリックスとアルバムを作ろうというプランもあったらしくて。時代的にシンセサイザーの台頭によって、サウンドデザインの様相が変った影響もあったのか、ギル・エヴァンス・オーケストラはトロンボーンやホルンの人がシンセを弾くという形態になった。すごくカッコいいんだけど、この手法には弱点もあって、緻密なことができない。細かく計算されたアンサンブルが出来ない。でも、本来ギルは緻密で複雑なスコアを描くタイプでした。なので、初期のマイルス・デイヴィスやクロード・ソーンヒルの楽団に書いていた頃は、ものすごく緻密なことをやっている。マイルスのアルバム『クールの誕生』(1956年)はフレンチホルン、チューバを加えるという変わった編成をアレンジしている辺りも彼らしい。そんなギル・エヴァンスにもビッグバンドの編成でやったアルバムがあって、それもまたものすごくカッコいいんです。でも、一つのバンドが相反するようなことをやるのは無理があるので、僕はきっちりと分けて表現したかった」

 ──つまり、村田陽一オーケストラにも村田陽一ビッグバンドにも、ギル・エヴァンスの影響が作用している。

「そうですね。村田陽一オーケストラは一人一人がソリストであり、なおかつトータルのサウンドデザインも出来るような人たちにお願いしました。反対にビッグバンドは自分の書いたことを理解してもらって、忠実に演奏してもらおうという、ある意味、職人的なアプローチをお願いしています。だから若干メンバーは被っていますが、どちらかと言えばビッグバンドの方はソリストが少ない」

 ──今作も前作と同じく目黒のブルースアレイジャパンにおけるライブレコーディングでした。ライブ当日の模様は?

「先程もお話しした通り、制作とリリースのモチベーションはコロナ禍とは関係なかったものの、ほとんどのメンバーは実質7月ぐらいまで演奏活動が全く出来ていない状態だったので、ミュージシャンが楽器を吹けて、みんなで演奏出来るという、今までなら当たり前の事がすごく有り難く感じられました。あんなに立派なキャリアを持っている人たちから『やっぱり楽しいね、一緒にやるのは』という声を聞けたことは本当にうれしかった。みんなリハーサルから楽しそうだったし、僕もすごく楽しかった。演奏する上で神経質になるようなスコアではなく、シンプルでグルービーなスコアだったのも功を奏した気がします」

 ──実際、ひたすらグルービーな演奏ですね。

「大きな要因はパーカッショニストとギタリストが入ったことでしょう。トータルのサウンドデザインがより円滑になりました」

 ──録音の形式は前作と同じですか?

「はい。前作と同様、スタジオレコーディングと同様にマルチでそれぞれの楽器の素材を僕が自分でエディット/ミックスするというやり方でした。本来、ビッグバンドってトランペット隊、トロンボーン隊、サックス隊が三列に並ぶんですが、メンバー同士のソーシャルディスタンスの観点で言うと、時制柄、飛沫感染が問題になってしまう。でもライブは無観客配信でしたので、リズムセクションをステージ上に置いて、客席を上手く使って管楽器をコの字状に配置して、それぞれ真正面は2メートル以上の距離を空けました。ただ、これだと普通のライヴハウスにおけるライブレコーディングとしては距離が離れ過ぎているので、どのみち通常の録音は難しい」

 ──そうでしょうね。

「会場はライブハウスですが、やっている事はまさにスタジオレコーディングと一緒なんです。で、アルバムでは、実際に演奏しているサックスの並びを全てエディットでひっくり返しています。本当はテナー、アルト、アルト、テナー、バリトンサックスという並びを全て裏返しに配置しました。僕が書く曲の特徴として、バストロンボーンとバリトンサックスが別の動きをしたり、ベースと同じ動きをしたりするのですが、こうして裏返しに置くと、ベースラインのバストロとバリトンが完全にシンメトリーなステレオ状態で聴こえる。僕はステレオフェチで、特に管楽器の低位が明確な音作りが好みでして。あとトランペットも塊で聴こえてほしい。でも、案外そういうミックスってあまり世の中に無いので、だったら自分で作ろうということで」

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 ──エディットとおっしゃいますが、とは言え素人の自分としては、楽器の位相を全て裏返しているのに、よくこんな完成形が成立するものだなあと感心してしまうというか、率直に不思議なのですが。

「それが可能なのはドラマーの渡嘉敷裕一さんの腕が素晴らしいからです。彼はインテンポでグルーブする稀有なドラマーなので、仮に最後のコーラス部分を歌で言うところの1番の部分に移植しても問題ない。しかも彼はこのライブ中でクリックを聴いていないんですよ」

 ──流石ですねえ。

「流石ですよねえ(笑)。クオリティはスタジオレコーディングで、リズムセクションの半端ないうねりはライブならでは。結果としては両方のいいとこ取りとなりました。前作と今作でとりあえずの完結というか、格好がついたというか」

 ──ミックスとマスタリングについては?

「ミックスは僕と赤工隆さん、マスタリングはビクタースタジオの川崎洋さんにお願いしています。近年、僕のエディットの腕も上達しまして(笑)。前作と今作のミックスとエディットは、ほとんど自分でやって、最終工程を赤工さんにお願いしました。僕は管楽器だけものすごく執拗に細かくバランスを取るので、赤工さんには『とにかくドラムとベースはよりグルービーにしてください』と伝えて、主にドラムとベースとピアノをお任せしました。逆に言うと、僕は管楽器には死守したい一線があるんですが、その他のギター、ピアノ、リズムセクションに関しての細やかな解釈や調整はちゃんとしたプロにお任せするのが賢明ですので。マスタリングは本当に最終的なアウトプットの工程で、ここで色が白にも黒になるので、自分の作品を時系列で見て下さっている川崎さんにまとめてもらいました」

 ──最終手前までの作業は、主にご自宅でやられるのですか?

「はい。もしくは出先でPCを開いて進めます。全パートを、しかも自分なりに拘って書いている以上、オーディオのファイルも自分である程度のレベルまでエディットが出来るほうがいい。自分の作ったものをより良くしようとする際の手段としても避けては通れない工程だと思います」

(Vol.2に続く)



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