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たけし君とヒミツのこと(小説)

  たけし君とぼくのヒミツの話をするね。あれはぼくがまだ小学校四年生だったころ、ぼくたちにおこった特別なできごとの話。

 たけし君は保育園のころからの仲良し。そのころは、たけし君がぼくの家に遊びに来ると、ぼくはたくさんのミニカーを出しておもちゃのパーキングや積み木や人形を並べて街を作る。たけし君は警察官になったり、校長先生になったりして街を守ったり号令をかけたりする。ぼくは泥棒になったり学校の生徒になったりして、たけし君がふんした警察官に追いかけられたり、先生に怒られるフリをした。そうするとたけし君はとてもうれしそうだった。

 小学生になっても、二人はあいかわらずの仲良し。校庭のはしっこには一列に並べて埋められ半分だけ顔を出した自動車のタイヤがあるよね。放課後になると、ぼくたちはいつもそのタイヤをぴょんぴょん飛びこえながらいっしょに帰った。休みの日には、ぼくがたけし君を電話で呼び出して遊んだ。夏になると裏山のどんぐりの木に塗ったみつに集まるクワガタを捕りに行ったり、秋の天気の良い日には、「こんなせまいところで野球なんかしたら危ないじゃないか」と近所のおじさんに怒られたりした。

 たけし君は、クラスでも人気者だった。ぼくだけでなくクラスメイトの多くが彼と友達になりたがった。だから、ぼくが電話をしても先に別の子と遊んでいる場合も多かった。そんなとき、ぼくは少しだけ残念に感じた。たけし君はもともとぼくの仲良しなのに。でも、ある日、ぼくたちに特別な事件が起こった。家に帰ってそのことをお母さんに報告すると、お母さんは「それは本当はしてはいけないことなのよ。だから、たけし君と二人だけのヒミツにしておきなさい」と言った。ぼくはあわててたけし君に電話をした。お母さんの言葉を伝えると、たけし君は「わかった。あれは二人だけのヒミツにしよう」と言った。それから、僕たちはクラスの中で特別なヒミツを持つ、特別な二人になった。そして、ぼくはそのことがとてもうれしかった。

 次の日から、ぼくは前よりたけし君といっしょにいなくても平気になった。休み時間にになると、たけし君のまわりには大勢の子たちが集まった。それまではぼくもその中の一人だったのだけれど、あれからはかえって別の友達と仲良くすることが多くなった。もちろん、たけし君のことを気にしながらだけれど。そんなとき、「さいきん、たけし君とはいっしょにいないんだね」と言われることがあった。それで、ぼくはつい口をすべらしてしまった。「そんなことないよ、休みの日にはよく遊ぶもの。それに、ぼくとたけし君にはみんなの知らないヒミツがあるんだ」と。

 その話は、あっという間にクラス中に広まった。みんなはぼくたちの顔を見るたびに「ヒミツって何。教えてよ」と言ってせまってきた。ぼくは少し自慢げに「二人だけのヒミツだから絶対に教えられないよ」と言った。たけし君も同じように答えて決してヒミツを話したりはしなかった。だから、よけいにクラスメイトたちはヒミツを知りたがるようになった。人気者だったたけし君がみんなにせめられることもあった。ぼくたちはクラスの中でどんどん特別になっていった。

 そして、とうとうホームルームの話し合いの時間に、「たけし君たちは、自分たちだけの特別なヒミツをかくしていて良くないと思います。ちゃんとみんなに説明するべきです」と話し合いのテーマにあげられてしまった。たけし君はだからと言って怒ったり泣いたりはしなかった。こういうとき、たけし君はたいてい黙りこんでしまう。でも、ぼくは顔を真っ赤にして「なんで説明しなきゃいけないのか、理由がわかりません。だれにもめいわくをかけていないし、だれだってヒミツくらい持ってるはずです」と言い張った。それに対して、「二人だけ知っているなんて許せません」とか「気になって授業に身が入らないのでいうべきです」などと反対意見がつぎつぎにあがった。ホームルームでは話し合いをしても決着がつかないときは多数決をするルール。結果は二対三八。ぼくたちは絶体絶命のピンチになった。

 それまでだまっていた担任の先生は、ぼくたちに二人だけで話しをする時間をくれた。教室からすこし離れたカウンセリングルームに行ってイスに座った。しばらくの間、二人で何も書かれていないホワイトボードを眺めた。「しかたがないよ」と先にたけし君が言った。ぼくはだまって目にいっぱいの涙をためながら、こっくりとうなずいた。

 教室ではクラスメイトが、がやがや騒ぎながらぼくたちを待っていた。なんだか勝ちほこったようにぼくたちをはやしたてた。ぼくはこぶしを固くにぎりしめながら黒板の前に進み出て、声をふるわせながら話しはじめた。

 「ヒミツについて話します。この前の土曜日、たけし君の家に遊びに行ったとき、家の東側にある竹やぶの前の道で、猫が車にはねられて死んでいるのを見つけました。ぼくはたけし君を呼び出して、スコップで竹やぶに穴をほり、その猫を埋めました。家に帰ってお母さんに話したら、猫は埋めてはいけないのよと言われました。埋めると化け猫になるとかいう言い伝えがあるからと。だから、だれにも言わないでたけし君と二人だけのヒミツにすることにしました。それだけです」

 クラスメイトたちは「なあんだ、そんなことか」という顔でぼくをながめていた。もうぼくたちのヒミツがヒミツでなくなったしゅんかんに、そんなことどうでもよくなったという感じ。たけし君は、やっぱりだまってぼくの方を見ていた。「しかたがないよ」という声が聞こえたような気がした。ぼくは自分の座席に戻ってこみ上げてくる涙をおさえきれずに下を向いていた。「クラスの中で特別を作ることって全部悪いのかな」と思った。「ヒミツを持つって悪いことなのかな」と思った。

 あれから四年、ぼくは中学生になったけれど、たけし君とはあいかわらず仲良し。もちろん、あの日のくやしさとぼくたちのヒミツにきょうみをなくしたときのクラスメイトの顔は忘れない。でも、実はあの日、クラスでは話さなかったヒミツが、もう一つあるんだ。

 それはね、たけし君とのやくそくだから、言わないけれどね。

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