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【読書メモ】 大人のトラウマを診るということ(医学書院)

1、メモを公開する経緯

 依存症者に機能不全家庭で育った人が多いということは、当然、トラウマを持った人も多いわけで、日常的に出会っています。
 しかし、断酒開始期から、トラウマ関連症状が表面化する人は、なぜか、稀です。年単位で断酒が継続してから表面化した場合、専門外来に紹介して治療をうけていただきます。
 EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)、PE(Prolonged Exposure Therapy 持続暴露療法:)、CPT(Cognitive Processing Therapy 認知処理法)といった技法に関心はあったものの、研修を受けることなく、ここまで来てしまいました。
 しかし、年々、トラウマを抱えた人が増えていると感じ、参考書を探していたところ、日本児童青年期医学会誌で書評を見て、「これだ」と感動があり、購入して読みました。
 読んで得るものが多かったので、メモを残します。

2、どんなことが書かれていましたか?

---目次---
第1章 大人の精神科臨床におけるトラウマの診かた・考え方
・トラウマがあるのではないかと常に心がける

・日常臨床においてトラウマに気づく。
1) 不眠症
2) 不安症
3) 気分障害
4) 統合失調症
5) 行動変化
6) マイルドな解離
7) 敏感さの精度
8) 記憶の精度
9) 社会の変化がトラウマを活性化させる
10) どんな時にトラウマを疑うか
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 1)~8)まで、すでに他の診断がついている場合でも、背景にトラウマがあるのではと常に心かげると見えた症例を示しています。
 もし、自分が出会った時に、判断が難しいだろうと思うのは、症例6(統合失調症と診断されていた40代女性)です。幻覚妄想が持続していて、症状に振り回された言動のため、近隣との関係が悪く、引きこもっているとなると、「典型的な統合失調症」と考え、トラウマがあるかもしれないと考えません。
 筆者は、最終的にトラウマがあるか確定はできなかったものの、「少なくとも、感情コントロールの問題、対人関係の不安定などが前景に出ていて、治療的にはトラウマ関連症状に注目する方が、理解し、支援するのに有用なように考えた」と述べています。こういうとらえ方は念頭に置いておきたいと思いました。

 このパートの締めくくりとして、トラウマを疑う場合として以下をあげています。
① 症状が多彩で、DSMではいえば、いくつかの診断が存在する。
② 経過の中で薬剤が多剤多量となりやすい。
③ しかも、薬剤の効いた感触に乏しい。
④ 慢性の非定型的な病像や経過をたどりやすい。

 私が出会った中で、①~④を満たす方の顔が何人も思い浮かびます。

---目次---
・トラウマ反応とは
1) トラウマとなる出来事とは
2) トラウマ反応を起こしやすくする要素
3) PTSDと複雑性PTSD
4) 発症にいたる経過

・トラウマをどのように診るか
1) 従来の精神症状の背景にトラウマ関連症状が潜んでいないか
2) 反応性の状態ではないか
3) 発達障害の特性は認められないか
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 筆者は、発症の経過を理解しておくこと、最初にあったものが、発達の問題と愛着の問題は影響しあいながら、成長発達していくので、成人の臨床家は、しばしば発達障害と愛着障害の混合状態であることに留意すべきだと説いています。
 発達障害だけでも、合併あり、表現も多様なので、それに愛着の問題の影響も考えるのは、複雑になって大変ではありますが、それだけの意味があるのだなと思いました。

---目次---
・治療と支援をどのように考えるか
1) 治療や支援によるトラウマをできる限り作らない
2) 「保守的」「支持的」アプローチを基本とする
3) まず求められていること
4) トラウマを話すかどうか
5) 安全で安心な関係・環境を提供する。
6) 生活を支援する

・トラウマ反応の経過・予後
1) 治療や支援に対する反応
2) トラウマ反応は環境の影響を受けて変化する
3) トラウマの治癒とは

・終わりに~治療者・治療スタッフのトラウマ
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 筆者は、治療と支援の基本は「安全で安心できる環境を提供することであり、日々の生活の質を少しでも向上させていくことにある」と説いています。
 実践には工夫も根気も必要ですが、基本ができている上でこそ、特化した治療も効果を発揮することを肝に銘じておきたいと思いました。


第2章 症例集
 30もの様々な症例について、治療経過と考察が提示されています。
 第1章で記された内容が、実際には、どのように治療で活かされているのかを知ることができます。
 私が、臨床で、一番多く出会うのは、<症例12 処方薬使用障害とトラウマ>のような方です。筆者が「フラッシュバックの自己治療を目的に薬を使用しているケースが多い」と記しており、念頭に置きたいことです。

---目次---
第3章 精神科日常診療におけるトラウマへの精神療法
 広い意味でのトラウマ
 ふとした症状
 まずは心理教育
 トラウマの延焼を防ぐ
 意味付けの修正
 純粋な自閉症スペクトラム症
 ASDのない場合も同じ
 おわりに
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 筆者は、心理教育について「最も重要なのは説明と意味付けであろう。患者は自分に起きていることが何かわからないでいることが多い。本人の体験を十分に理解して、そのうえで、『正当な反応です』『それで良いのです』『病気の症状ですが、落ち着いていきます』などの説明をする」、「重要なのは一般的な心理教育だけでなく、本人の事情に応じた適切な説明である」と説いています。もし、適切な心理教育をしないと「患者は、とんでもない誤解や自責的説明を自分にしてしまいかねない」と説いています。
 私がアルコール依存症の心理教育を行う際の説明に共通していて、なるほどと思いました。そもそもアルコールって不味いものです。子供の頃、父が飲んでいるビールを舐めて、「なんで、大人は、こんな苦いものを喜んで飲むのか理解できない」と思いました。そういう不味いものを大量に飲み続けるのは、脳(精神)への薬理作用が、生きていく上で必須だからにほかなりません。
 なので、機能不全家庭で育ち、トラウマを抱えてきたと思われる本人や家族への説明は、「それだけ大変な境遇を生きてきたのだから、飲まないではやってこられなかったのも当然です。飲んでいたから、心の苦痛を癒して、自殺もせずに済んだのかもしれません」などと話すことがあります。
 多くの方が、依存症専門医にたどり着くまで、皆さん、家族、かかりつけ医、上司、さらには警官からも、説教や叱責を受け続けています。そこに重ねて説教し、異常性を指摘するよりには、「悪いと思っていても、飲まざるを得なかった」という背景にある本人の事情に即した説明をする方が、効果的であることを経験しています。

---目次---
第4章 トラウマを抱える人たちへの生活支援
 これからの生活支援に求められるもの
 トラウマを抱える人たちへの生活支援の難しさ
 公的支援を受け入れるということ
 相談するということや、支援を受け入れることが難しい
 訪問がトラウマを理解するヒントを与えてくれることがある
 就労支援、そして働くということ
 トラウマを話すこと、聞くことの副作用について考える
 作業療法が安心と安全を再び体験するきっかけになることがある
 支援者や治療者の支援を考える
 生活を支援する
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 トラウマに直接注目しないけれども、作業療法には効果があることを筆者が説いているのに納得しました。

3、特に気に入ったくだりは?

 第4章で、筆者が「特定の治療理論や技法に則って、トラウマ症状や過酷な過去をとらえることは、もちろん重要なことではあるが、治療や支援の基本原則、すなわち目の前の患者にとって、今、現実的に必要なことや具体的にできることは何かを考えることも大切なように思う。理論や技法の専門分化が進むと、この基本的なことがおざなりにされがちである」と述べているくだりです。


4、どんな影響を受けましたか?

  「トラウマを診る」のは、慣れておらず、技法があるのに、研修を自分が受けていないことなど、いくつかの理由から、身構えてしまっていることに気づかされました。
 日常臨床で、トラウマを診ることだと意識していないけれど、効果がある支援を、結構、行っていることにも気づきました。

5、どういった点が優れていますか?

 「できることから行ってOKだから、始めてみよう」というヤル気をいただきました。

6、どういう人が読むと良いですか?

 精神障碍者の治療・支援にあたる人すべてにお勧めします。チームで支援にあたる時、本書のような観点をメンバー皆が持っている方が良いと思うからです。
 医師の中では、研修医にもお勧めしますが、臨床経験が長く、専門ではないがゆえに、私のように、「トラウマを診る」ことへのハードルが高くなっている人が読むと、いわゆる「アハ体験」ができると思います。

7、その他

 本書では触れられていませんが、ここ1年程、抑うつ状態、不安、不眠に対して西洋薬の薬物療法が難渋する場合、漢方に切り替えることを試みて、手応えを感じています。
 ある程度、使いこなせるようになったのは、抑肝散加陳皮半夏、加味帰脾湯、酸棗仁湯の3つです。これについては、別の機会について書きます。

伊藤絵美先生が本書の書評で、スキーマ療法について触れています。
 「スキーマ療法はトラウマ処理を目的とするのではなく,安定した治療関係を少しずつ形成したり,成育歴をゆっくりと振り返ったりする中で,自らのスキーマやそれに伴う感情に気づきを向け,その結果として他者と安全につながったり,セルフケアが上手にできるようになったりするという,非常に地味で地道なセラピーである」と書いています。さすが伊藤先生の表現!(私はファンで、ワークショップに参加したり、著書も大いに参考にさせていただいています)
 スキーマが回復の障害になっている方には日常的に出会うので、スキーマという概念を、心理教育には有用だと考えて、利用してきました。今後、トラウマケアの視点をもって、活用してみたいです。