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幸運クーポン

「ねぇ見てこのアプリ」
 電車の中で、佳美は手中のスマホをかざした。
「毎日、抽選で幸運が当たるんだよ」
「幸運? 何かと引き換えのクーポンじゃなくて?」
 隣にいた昌宏は聞き返した。
「これはね。幸運がもらえるクーポン」
 佳美はニコッと笑うと、そう答えた。
「どういうこと?」
 昌宏の怪訝な顔に、佳美は軽く答えた。
「マサ君も試してみたら? 私はまだ当たったことないけど」

 昌宏は教えられたアプリをインストールし、アカウントを登録した。早速クーポンが複数表示され、良くあるドリンク、スナック菓子の値引きと並んで、「幸運くじ」と書かれた、不思議なマークがあった。
「これかな?」
 深く考えずに、その1日1回という抽選をクリックすると、なんと「幸運」が当たってしまった。画面いっぱいに「あなたに幸運をお約束」という表示が出て、そのまま自然に消えた。
「良かったじゃん! 普通、すぐには当たらないんだよ」
 佳美はその様子を見て言った。
 その後、画面上には何も変わったことが起きないので、よく分からないままスマホをしまい、ちょうど目的の駅についたので、佳美に手を振って電車を降りた。

 昌宏が駅を出て、近くのビルで用事を済ませ、帰りに交差点の横断歩道を渡ると、向こうから杖をついたおばあさんが歩いてきた。信号が赤になりそうなのに、まだ道路の途中だ。昌宏は近寄ると、寄り添って、今自分が来た方向に一緒に戻ることにした。
「すみませんね。私は歩くのが遅くて」
 おばあさんはそう礼を言いながら、何とか横断歩道を渡り切った。すると、持っていたバックから封筒を取り出した。
「これね、良かったら使ってください」
「何ですか?」
 昌宏が聞き返すと、
「私みたいな年寄りには使い方も分からないし、知り合いに若い人もいなくてね」
 そう言って封筒の中を開けて見せてくれた。中は大手ECサイトで利用できるギフト券だった。しかも額面が1万円分入っている。
「いや、こんな高額なお礼、困ります」
 昌宏がそう言うと、おばあさんは笑顔で言った。
「私が持っていても無駄になるだけなんですよ。あなたみたいな人にお渡しできて、ほっとしています」
 それを聞いて、それでも迷ったあげく、昌宏は丁寧におじぎをして頂くことにした。

 やがて昌宏は駅に入ると、帰宅することにした。来る時に偶然駅で会って一緒に電車で移動した佳美は同じ大学の学生だが、気さくな性格と顔立ちが好みで、実はひそかに想いを寄せていた。帰りはさすがに偶然はないか、と思いながらホームで電車を待つ。すると、スマホのメッセージが届いた。
「今どこ? まだ近くなら、一緒に食事でも行かない?」
 佳美からだ。辛うじて連絡先を交換した程度の彼女から、まさかのお誘いだ。昌宏はすぐに返事をしつつ、ふと考えをよぎらせた。
「まさか、これもさっきのギフト券も、幸福クーポンの効果か?」

 佳美とは行く時に会った自宅の最寄り駅で待ち合わせた。やがて現れた彼女と、近くの美味しそうな店に入った。
「なんか知らないけど、この幸運クーポンの効果はすごいね」
 昌宏は正直に今日会ったおばあさんとの一件を話した。さすがにこのタイミングで佳美と食事できることも幸運だ、とは言えなかったが。
「そうなんだ。当選するのはレアだけど、当たると効果がある、ってのは聞いたよ」
 佳美はそう言って微笑んだ。
「でも、どういう原理なんだろう? 占いみたいなことなら、こんなに効果は出ないよね?」
 昌宏は疑問をつぶやいた。
「さあ、私にはわかんないけど…」
 パスタを口に入れながら、佳美は少し考えていた。
「でも、今日ってマサ君の行いが良かったからだし、もしかして幸運が降りてくる条件なんて、あるかもね」
「そっかなぁ」
 昌宏もハンバーグを口に運びながら、少し黙って、またつぶやいた。
「ま、今後も困った人がいたら、協力しよう」

 2人は店を出ると、お互い家もそう遠くないので、近くまで一緒に歩いて、途中で別れることにした。今日の出来事に十分幸運を感じた昌宏は、家に帰って寝転ぶと、いつも使っているSNSに幸運クーポンの搭載アプリを紹介した。投稿を終えると、いつの間にか眠りについていた。

 その頃、佳美はメッセンジャーアプリと向き合っていた。
「例の件、さっき幸運クーポン当選者に会ってきたよ」
「感触いいみたい。彼のSNSにもこの件の投稿があった」
 連続でメッセージを送ると、先方から返信が来た。
「了解。そのアカウントの投稿はこっちでも確認できました」
 そしてまた続きが届いた。
「今回のプロモーションは、いかにも宣伝しそうなインフルエンサーじゃなくて、フォロワー数が多いながら、普段PRとは無縁な、信頼される投稿者が良かったんだけど、要望通りだね。お疲れ様!」
 佳美は、ふと気になっていることを質問した。
「質問していいかな? ターゲットに幸運を偶然を装って実現するのって、どんな方法なの?」
 先方から少し間があって返信が来た。
「この件は口外厳禁だよ。今回は依頼者のアプリから位置情報を得て、こちらで手配した役者をターゲットに近づけたんだ。幸運の内容は、プロモーション中は今回のように直接的なものだけど、いずれ利用者が増えれば、もう少し間接的でコストのかからないものや、人手を介さないものになる予定なんだ」
 回答を見て、なるほど、とつぶやくと、佳美は返信した。
「そんなに手間かかってるんだ。大変だね」
 すぐに返事が来た。
「まあな。新規サービスの立ち上げだから仕方ないさ」
「それより、今回のお礼も兼ねて、今週末遊ばない?」
「久しぶりに夜まで」
 少し意味深な、連続するメッセージに思わず微笑むと、佳美は「OK」のスタンプと、大きなハートマークを送った。

*この物語はフィクションです。