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透明な私

 最初に異変に気づいたのは、普段良く行くコンビニのレジ。店員さんが、驚いた顔して、私を見たんだ。
 え? 何か顔に付いてるのかな、って思ったけど、あまり気にせずに会計をして、店を出た。きっと、この時は半透明だったんだと思う。
 その後、家に帰って、鏡を見ても、何もついてないし、気にせずにいたんだ。だって、私、貧乏だけど、顔はそんなにヘンじゃないって、自分では思うし、顔で不快な思いとか、させてないと思ったから。

 でも、翌日、学校に行って、友達が「どうしたの?」って怖そうな顔してこっち見て、いよいよ何かあるって思うじゃん。だから聞いたの。何がヘンなの?って。そしたら、ちょっと驚いた顔して言われたんだ。
「え? 自分で気づいてないの? それヤバいよ。サトミの後ろ、透けて見えてる」
 もうね、こっちがびっくりしたよ。透明人間なんて、あり得ないし、しかも私が透明になるって、もっとあり得ないし、自分では鏡でちゃんと見えてるし。

 授業が始まって、しばらくは先生も気づかなかったけど、途中で目を凝らすようにこっち見て、そう、2度見したね、あの時。で、「山口、お前大丈夫か?」って聞くから、悔しいから「大丈夫です」って言ったんだけど、首かしげて、きょうびインコでもあんなに首かしげないよね?ってくらい。あ、結局ね、授業は続いたんだ。でも、その日は、ずっと、みんな少し遠巻きに、避けるようにして私を見てたんだ。正直、すごく悲しかったし、なんで私がこんな目にあうんだろう、って思った。自分では、手も足も見えてるのに。仲のいい友達ですら、「だんだん薄くなってる」なんて言うから。

 学校が終わると、急いでうちに帰った。だって、これ以上ヘンなもの扱いされるの嫌だし。うちは母子家庭で、お母さんは少し体調崩してるけど、それでも頑張って働いてくれて、小さい時からずっと貧乏で、時々お母さんが誰かに電話で謝っている姿を子どもの頃から何度も見て、友達がオシャレな服買ってもらったり、旅行に行くって楽しそうに話す時も、ずっと、羨ましいけど、自分には縁のない世界だって思ってた。だけど、人を恨んだり妬むのは違うと思ったし、お母さんがすごく大変な時も、私は見てるし、貧乏なのは私の家だけじゃないし。だからそんな事はいいんだ。だけど、勉強もイマイチで、かといってスポーツとか他に取り柄もないし、顔だって特別かわいい訳じゃないし、本当に何もない私に、でも未来を信じてる私に、なんで? 私は透明人間になるくらい、要らない人間なの? だって、誰からも見えなくなるんだよ? 存在すら否定されてるの? 声は聞こえるのかな? でも普通の生活なんてできないよね。恋人だってできないし。だから、混乱した気持ちで、止められないくらい不安な気持ちで、家に帰った。そして、誰もいない部屋で、怖くて泣いた。

 お母さんは夜遅いから、いつものように一人でご飯食べて、やっぱり落ち着かなくて、そうだ、って思い出して、スマホのカメラを通して自分の顔を見たんだ。鏡と一緒で、自分には見えてた。試しに写真撮って、友達に送ってみた。既読から、ちょっと嫌な間があって、「ごめん。服しか見えない」って返事が来て、また絶望した。

 どこにも行きたくないし、誰とも会いたくない。いっそ、探偵にでも雇ってもらって、尾行でもしようかな。でも、服着てたらバレるし、ってことは、真っ裸でしょ? 嫌だよ。もし急に元に戻ったらどうすんの?
私、これでも女の子だよ。それに寒いし。あと、男風呂の覗きとか、別に興味ないし。どうせそんなことしか使い道ないんでしょ? 透明人間なんて。 病院に行ったって、治せないだろうし、とにかく、もうイヤ。

 やっとお母さんが帰ってきた。怖かったけど、玄関に迎えに行った。お母さんは、「ん? 何かあった?」って優しく聞いてくれた。
「お母さん、私、見えてる?」
 って聞いたら、
「え? 当たり前でしょ」
 って言ってくれて、もうどれだけ安心したか。その後、学校であったこと、全部話した。まさか、集団で私をからかっているわけじゃないと思うけど、一応、おかしな所がないかな、って思って、できるだけ詳しく。
 お母さんは、手を握って、それからゆっくり言ったんだ。
「あなたは、そこに居るし、見えてるよ。消えてなんかない」
 私、震える声で、いままで口にできなかったこと、言ってみた。
「でも、私って何の取り柄もないし、見えても見えなくてもおんなじなんだよ。だから、消えちゃってもいいって、お母さん以外は、そう思ってるかもしれないし」
 お母さんは、私を強く抱きしめて、そして言ったの。
「あなたは、私にとって永遠に消えないし、あなたが生きているってことは、あなたのご先祖、みんなの希望なの。そして、あなたが仮に見えない人がいても、あなたに価値がない、なんてことはないよ。人の価値なんて、気づいてない人もいるだろうけど、本当は無限にあるんだから」
 私は、それを聞きながら、静かに涙を流して、でもすごくほっとしたんだ。

 少しして、私が目を腫らして見上げると、お母さんが少しかしこまって言ったんだ。もう、驚いたなんてもんじゃないよ。
「あなたに黙ってたことがあるの。ごめんね。あなたのお父さんも、実は透明人間だったんだ」
「え…」
 何も言えなかったよ。
「今も、いや、実はずっと、この部屋にいるの」
 私は、頭が真っ白になったんだ。そしたらね、
「ごめんな、お父さんの遺伝がまさか、年頃になって出るとはな」
 今まで聞いたことのない男の声が、誰もいないはずの場所から聞こえたんだ。

*この物語はフィクションです。