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夢の再生

「あなたは自分の見た夢を覚えていますか?」
 そんな問いかけに、真治は「いえ」と答える。するとその男が妙なものを取り出した。
「こちらはまだ一般には販売していないものですが」
 男はそう言うと、その装置の説明を始めた。
「寝ている間にこの箱を枕元に置いて、こちらの輪を頭に巻いてください。目が覚めたら、この箱とリンクしたあなたのスマホでアプリを立ち上げると、あなたの見た夢が再生されます」
 にわかには信じがたい、それこそ夢のような話だったが、お試し版ということで無償になるそうなので、借りて帰ることにした。

 その夜、どんな夢を見たのか、正直覚えていなかった。何か見ていた気がするし、それは楽しそうだったが、目が覚めてすぐに忘れてしまった。昨日借りてきた装置を試そうと、スマホのアプリを起動した。画面には昨日無かったサムネイルが登場し、そこをタッチすると、映像が再生された。

 不思議な見たことのない場所で、知らない人が歩いていた。その人がたわいのない言葉を発すると、やがて次の景色となり、その場所を歩いていると、きれいな女性がいて、何も言わずに服を脱ぎ始めた。あと一歩で肝心の柔肌が現れるというところでまた画面が切り替わり、今度は誰もいない海の景色になった。

「何だこれ」
 自分でも不思議な映像だと思うが、これが真治の見た夢なのだろう。だいたい夢なんてこんな感じの意味不明なシーンの羅列だし、そう考えれば、おおよそ納得がいく。真治は夢の再生ができるというこの装置をしばらく試そうと思った。

 翌朝も自分の夢を再生した。今回も時々色っぽいシーンが挟まれて、しかしまたもや肝心の部分は見れないで終わった。なんとももどかしいが、自分の想像力の欠如と思えば、誰を責めるわけにもいかない。それ以外のシーンも抽象的で意味不明だったが、それはそれで「夢らしい」と思う。時々シーンの中に実際の街に良く似た景色や、実際に存在する店、商品が現れたり、常々欲しいと思ってネットで検索しているクルマが登場したり、ちょっとリアル感も出ていて、夢の世界も様々だと思った。

「どうだね、モニター調査の様子は」
 製品開発本部で上司にそう問われた男は答える。
「だいぶ熱心に使用しているようです。履歴を見ると、朝見ただけでは足らず、昼休みに再生したり、寝る前に見返してるようです」
「そうか。熱心に見てくれるなら、ほぼ成功だな」
 上司は満足げな顔でそう言った。
「今や動画ビジネスは厳しい競争にさらされています。自分の夢が見られる本アプリはキラーコンテンツになるでしょう」
 男の自信を持った口ぶりに、上司は声を潜めた。
「本当に『自分の見た夢』ならな。こちら側が検索履歴や属性から推定してそれっぽい映像を並べただけ、とバレないことが肝心だ」
 上司の懸念に、男はさもない、といった感じで答えた。
「大丈夫です。自分が見た夢をすべて覚えている人はいません。それよりも、この動画に広告を載せていかに稼ぐか、が大事です。既に試験的な広告は違和感なく受け入れられているようです」
 上司は、ふむ、と言って、男の方をポン、と叩いた。

 真治は今夜も自分の見る夢を楽しみに、大切な装置を枕元に置くと、やがて熟睡していた。愛用する装置がどんな意図をもって誕生したか、それこそ夢にも思わず、しかし、寝ることの楽しさを誰よりも実感していたのかもしれない。

*この物語はフィクションです。