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眼科医


「次の方どうぞ」
 看護師が呼びかけると、大人しそうな、そして元気のなさそうな男が診察室に入ってきた。
「で、今日はどうされましたか?」
 医師が尋ねると、男は伏し目がちに言った。
「あの、実は背中を見ていただきたいんですが…」
「あの、こちらは眼科医なのですが?」
 そう問われた男は遠慮がちに言った。
「ええ、もちろん。ちょっとご覧いただいてからで良いですか?」
 そう言って、服を開くと、背中を出した
「えっ!」
 医師と看護師が同時に声を出した。男の背中には、まぎれもない「目」があったのだ。1つの瞳。そこで瞼がパチパチ瞬きしていた。
「その… これはどうされました?」
 医師が落ち着かない風で尋ねると、
「この目は、以前から、生まれた時からあります。実際に見えています」
 医師はしばらくじっと考えていた。
「この事は、この医院以外で誰かに相談しましたか?」
 男は少し考えて、ゆっくり言った。
「いいえ。正確には親には何度も相談しましたが、子どもの頃から誰にも言うな、と言われてまして。健康診断や水泳はいつもばれないか心配でした。大き目の絆創膏や、姿勢を背けたりして何とかごまかしていましたが…」
 医師は少しの間考えていたようだが、こう聞いた。
「そうでしたか。でも、今になってここに来たのはどういった訳で?」
「あの、何てことないんです。背中の目が痒くなって、流行り目かもしれませんが、良い目薬を処方して欲しくて来ました」
 なるほど、と医師は言うと、カルテに何か記載して、
「それでは見せてください」
 と、背中の目を診察し、手で瞼を開き、そして言った。
「それでは目薬出しておきますね。1日4~5回くらい、1滴2滴で良いですから。あ、ご自分で差せますか?」
 男は言った。
「ええ、うつ伏せで手を後ろに回せば」
「わかりました。お大事に」
 医師はそう言うと、男は軽く礼をして診察室を出て行った。

「しかしまさかな…」
 医師は呟いた。そう、誰にも言ってないが、彼もまた、腰に瞳があるのだ。同じ境遇の人にあったのはこれが初めてだった。眼科医になれば、いつかは出会えるかと思っていたが、まさか本当に会えるとは。
「どう思うね?」
 医師は傍らの看護師に聞いた。
「驚きました…が、こういう方もいるんだな、と」
「その通りだ。彼の意思もあるから、口外しないように」
 医師が言うと、彼女は「はい」と頷いた。
 そして、静かに感動していた。そう、彼女もまた、普通の人と違う場所に瞳があるのだ。眼科医で勤務すればあるいはいつか同じ境遇の人に出会えるかも、と思っていたが、まさか本当に会えるとは…
 そう、彼女の場合、もっとも気づかれない場所、股の間に第3の瞳があるのだ。