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景色のコトダマ Vol.6 エールをかたちに

【第2志望に落ちてしまった】

お母さんからメッセージが届いたのは、寒い日の晩でした。

「娘が、第2志望の中学に落ちてしまいました。受かると思っていたせいか。すっかり自信をなくしてます。ご飯も食べないし、言葉も少ない。第1志望の受験日も近いのに、親としてどう言葉をかければいいか・・・」

そんな内容でした。「すべり止め」に落ちる。私にも経験があります。なめていたわけではないけれど、落ちるとガタッと自信がなくなります。学力が届かなかった以上に、自尊心をズタズタにされます。

「滑り止めに落ちた・・・じゃ、本命に受かるわけないじゃない!」

「私は本番に弱いんだ。運もないし、実力がでない・・・」

やめようと思っても、「落ちる」理由を探してしまう。「前向きに」思うほどに焦るし、人から「大丈夫だよ」なんて言われると、「根拠のないのに、励ますなよ!」とムカっとくる。そんな気持ちがわかる分、さて、どんな言葉で励まそうか、迷いました。

【進みながら強くなる】

原稿用紙に手紙を書く。いつものスタイルです。何枚か失敗して、また悩む。そんな中で選んだ言葉は、仏文学者 鹿島茂先生が、フランスの作家バルザックを批評したときの言葉でした。

「進みながら強くなる」

「もう少し実力をつけてから」とか「まだ、そこまでできてない」と尻込みしたい気持ちはわかる。でも、強くなるには、止まっていてはダメだ。スタートを切らなければ、ゼロのままだ。失敗して、挫折して、笑われて、鼻水たらして、それでも前に進むから人は強くなれる。

彼女への手紙には

「第2志望に落ちたところで、立ち止まるな。その経験を含めて、間違いなくあなたは、強くなっている。進みながら強くなっている」

と書き、関西の小さな友だちに、手紙を送りました。

「手紙を読んで、しばらく黙ってました。でも、そのまま勉強をしだしました。意識が変わったみたいです」

というメッセージとともに彼女の第1志望合格の知らせが届きました。もう随分前のことです。私が、小学生に向けて励ましの手紙を書く、第一号が彼女への手紙だったと記憶しています。

【悩みの文通がはじまった】

朝日小学生新聞に「大勢の中のあなたへ」というコラムを書き出すと、新聞社を通じて子どもたちから手紙を届くようになりました。

「給食が早く食べられない」「二重跳びができない」「仲直りできない」「受験する意味がわからない」「差別されている」「おかぁさんが好きになれない」「先生がえこひいきをする」・・・

ある人に、3枚、4枚に渡って切々と、またある人は、楽しい話題をメインに書いて、便箋のよこに「吹き出し」でちょこっと。悩みを書いてきます。親でも友だちでも学校の先生でもない。新聞にコラムを書いている知らない「フーテンの寅さん的ポジション」なのでしょう。本当に手紙が届くことへの驚きもあったのかもしれません。悩みから文通が始まり、励ましたり励まされたりしながら、すでに高校生になった子からも未だに手紙をきます。こんな幸せなことは、滅多にないと思っています。

【「エール」をかたちに】

初期のころ、私は手紙の中に、鉛筆を一本いれました。文房具屋で

「進みながら強くなる」

と印字してもらい、

「これを一本使いきれ。使い切ったとき、必ず自信がつく。進みながら強くなれ」

と書き添える。エールを送るだけでなく、鉛筆というかたちにし、「書く」という行為を通じて自信をつけてもらう。私も当時は手探りで、どうすれば子どもの悩みに答えられるか必死に模索しました。まさに私自身が、「進みながら強くなる」状況でした。この経験を通して、私の書く「大勢の中のあなたへ」も変わっていきました。子どもたちの言葉と経験を踏まえた上で書く。子どものいない私には、これが自信へとつながっていったのです。

「大勢の中のあなたへ」は、今年で5年目を迎えます。「コロナウィルス」の影響で、味わったことのない不安や焦燥を抱えています。休業に入った当初、余裕のあった子どもから、「将来が、心配」とか「もう学校に行けないと思う」なんて書かれた文字を読むと切ない気持ちになる。

さて、この時期の子どもたちに、どんな励ましの言葉をかければいいものか。自室で悶々としながら、今まさに、進みながら強くなっている途中です。