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【日常系ライトノベル #18】テレパシーコントロールによる監視社会

テレパシーコントロールシール(通称、テコシール)をご存じだろうか?

聞いては見たものの、おそらく読者で知っている人はいないと思う

このテコシールは見た目は普通のシールと変わらない

表面にはいろんな印刷が出来るので広告媒体として使用されていても誰も気づかない

見た目ではわからないが、このシールは半径1m以内にいる特定の人物の脳に作用し、その人の行動を制御できてしまう

使い方を間違えるととても危険なシールだ

シール裏側に埋め込まれた薄膜チップの制御をできるのは、特殊な訓練を受けた人のみでその詳細は明らかにされていない

純平は会社員をしながら、このテコシールを街中の至る所に配置する、“裏の仕事”を任されていた

このテコシールはすでに電柱や窓ガラスなど素材として貼れる場所であれば、エリアに関係なく、普通の広告に混ざってかなりの数が存在している

例えば、電柱に違法で貼られた張り紙があると思う

その張り紙の中にはダミー広告としてテコシールも多数存在している

ガードレールに貼られた個人携帯の書かれた消費者金融の広告があると思う
あれもテコシールの1つだ

つまり、気づいていないようだが東京の主要なエリアはほぼカバーされていて、知らないうちに人々はコントロールされている

先日、半蔵門線の押上行きの電車で女性2名が亡くなった

メディアでは2人はホームで口論となり、入ってくる電車に気づかなかったことが原因と伝えている

村上内閣が発足したのはちょうど1年前

この村上総理は地方で知事の経験がある

当時には抜群のリーダーシップを発揮し、加えて甘いマスクのルックスの効果もあって老若男女問わず絶大な支持を得ていた

また、新種のウィルスが市中感染した際も政府よりも先に対策を打つなど、誰もが次の総理としてふさわしいと歓迎していた

この村上内閣の表の目玉は「さらなる地方分権」の強化であった

しかしながら、裏では「東京の人口減少のため、迷惑者の一掃作戦」という極秘プロジェクトが遂行されていた

純平はあるルートを通じて、この極秘プロジェクトの発足に合わせ、テコシール拡散チームのリーダに任命された

プロジェクト始動から6か月くらいはほぼテコシールを貼るために色んなエリアをまわった

周囲にはバレないようにシールを貼るため、探偵に近い動きをマスターした

特に満員電車というのはシールを貼るには都合が良かった

壁際に押し出されながら、日中誰にも気づかれないように小さなテコシールを貼ることが出来た

外食した際は気づかれないように椅子の座面下にも貼り、チャンスがあれば、入口ドアのガラス面にも貼った

ベルスターが設置してある店舗では、電池ケースの内部にもこっそりと貼った

駐車場では駐車している車のナンバープレートの裏やボディの下面にも目立たないように貼った

東京エリアでほぼシールを貼り終えるとチームは一度解散した

解散する際はテコシールに囲まれた部屋へ一人ずつ呼び出され、部屋から出てくるときには自分たちの成し遂げたことは記憶から完全に消されていた

目標達成までの期限を大幅に前倒した純平には次のチームへの加入が待っていた

次のチームの目標は一掃作戦を実行するチームだった

部隊という方が正しいかもしれない

ただ単にシールを貼ってまわることよりも難易度の高いミッションを実行するために3つの厳しい訓練を受けた

1つ目はテコシールを使って人を制御するための訓練

2つ目は作戦やプロジェクトがバレそうなときに如何なる拷問にも耐えうるための訓練

そして最後は、自分自身をテコシールを使って自滅させるための訓練

この3つの訓練を1か月くらいかけて受けた

特注されたヘッドギアをつけ、すべて脳内のシミュレーションを使って、バーチャルの世界で訓練が行われた

バーチャルではあったが、体力を大きく消耗し、精神面においても相当きつい訓練だったのではないだろうか

すでに脳内のシナプスが切断されて電気信号は遮断されているため、記憶を思い起こそうとしても物理的に不可能だった

吐息を吐くと白い煙がもわっと目の前に現れる

足早に駅を向かう途中の砂利道ではザクザクと足音が鳴る

とても風が冷たくて寒い日だった

純平はいつものように7時前に田園都市線の7時の電車にのる

珍しく二子玉川駅で一度降りると、急行に乗り換えることにした

渋谷駅に向かうにつれ、乗客がだんだんと増えてくる

いつものように身動きできる可動領域がだんだんと小さくなるのがわかる

目の前にいる外国人女性はため息を漏らしながら顔と顔がぶつからないように一生懸命に踏ん張っている

電車のドアが閉まる度に押される圧力が増していき、顔をゆがみ悲鳴にも近い声を漏らしている

純平もほぼ後ろを振り返ることも出来ないくらいになった

その時、女性同士が口喧嘩している声が聞こえてきた

車両の中に声が響き渡るほど甲高い声だ

けれども何が原因で喧嘩しているのかはわからない

「あなたが先に・・・・」

「いや、あなたの方でしょ・・・」

「いやいや、あなたが・・・」

さすがに朝のラッシュ時間に女性の口喧嘩で始まる1日なんて気分がいいものではない

声だけしか聞こえないが、殴り合いの喧嘩などに発展する様子ではない

また、周りの止めようとする気配もない

純平は嫌な予感がした

ちょうど専用の腕時計型通信装置にメッセージが入る

「作戦を実行せよ」

あの迷惑者一掃作戦の指示が入ったのだ

純平は電車の中を見渡そうとしたが、首をまわして振り返る余裕は全くない

女性二人の声がする方向を感覚的に確かめる

間違ってターゲット以外の人をコントロールしないように注意してテコシールの制御を行った

具体的には言えないが、女性2名が電車から降りたくなるテレパシーコントロールを行ったのだ

「ちょっとあなたから先に…」

その後もお互いに相手のせいにする口論が続いていたが、渋谷駅を出た頃にはその声も聞こえなくなっていた

純平は表の仕事の職場へ向かうために永田町駅で降りようしたが、ホーム向かい側に電車が来る表参道駅で銀座線に乗り換える

座れるほど空いてはいないが、先ほどとは違って身動きがとれるくらい快適な乗り心地だ

ちょうど一緒に乗車した30代前半くらいのサラリーマンがつり革を持って横に立っている

片手で単行本を開き、小説を読んでいるようだ

左斜め後ろからおじさんの声がする

「すみません」

隣のサラリーマンに声をかけている感じであった

本に夢中になっているサラリーマンは声をかけられていることに気づいていない様子だった

純平はサラリーマンの肩を軽くたたくと首でおじさんの方を向くように合図した

「気づかれてないかもしれないけど...、あなたの上着(背中)に汚れがついてますよ」

おじさんはそう言うと親切に汚れをパタパタと手ではらった

「えっ、そうですか。ありがとうございます」

サラリーマンはお礼を言うと、すぐさまその場で上着を脱いだ

背中のあたりを見ると確かに泥っぽい汚れが線になってついてる

おじさんは優しい笑顔でサラリーマンに声をかけた
「どこでついたかわからないけど、汚れに気づいたから」

サラリーマンは人に興味を示さない殺伐とした電車の中で明るく声をかけてきたおじさんに「ありがとうございます。助かります」と深々と頭を下げた

純平は思った

テコシールの出番はなさそうだ

少しホッとする感じだ

純平は先ほどの女性2名のことを思い出す

その人の考え方が「切り取った僅かな時間」で良くも悪くも写る

女性2名には「切り取った僅かな時間」であったことを少し気の毒にも思った

けれども、あの女性2名は電車に巻き込まれる寸前でさえもこう言ってたようにも思える
「”あの電車”が勝手に私たちのところに…」と

ここ数か月、メディアでは東京都内で原因不明の事故死を報道するニュースが続々と増えている

純平以外のハンターがテコシールを実行し、作戦は順調に行われているようだ

もしシールを見たら、少しでも思い出して欲しい

あなたに向かっていつ作戦が実行されるか、それはあなた自身の言動にかかっていることを

【終わり】


ありがとうございます。気持ちだけを頂いておきます。