【日常系ライトノベル #16】最高の笑顔の写真なのに涙してしまう

2020年7月31日

日本列島はここ最近では珍しくもない異常気象に包まれていた
梅雨がなかなか明けないのだ

蒸し暑さを感じる朝、恭平は毎朝のルーチン化した20分体操を終わらせようとしていた

LINEの通知が届く

「恭平くん、今日のランチは来るの?」
相手は行きつけのお店のサキちゃんからだ

「もちろん、今日も食べに行きますよ!」
恭平はフリック入力で素早く返事を返すと、いつもの満員電車に乗るために身支度を終わらせ、足早に駅へ向かった

月末は締めの業務で追われるのが嫌いだ
下手するとお昼休憩する時間が勿体ないと感じるほど憂鬱になることもある

そんな憂鬱を吹っ飛ばしてくれるのは、行きつけのお店だ

そのお店と出会ったのはちょうど3年前。
仕事も恋愛もうまくいかず、身も心もズタボロのときにふらっと入ったのがきっかけだった

本当はお酒も飲めないのにバーカウンターで飲んでいるところに優しく声をかけてくれたのがユキちゃんだ

とびっきりの笑顔で迎えてくれるのはランチ担当のサキちゃん。いつもニコニコしていて女優になるのを夢みていて、モデルの仕事もこなしている。

美味しい料理を作ってくれるのはモッちゃん。彼女の作る肉料理は見た目や音にこだわってシズリングだけでもお腹いっぱいになれそうなくらいだ。

そう、今日はランチを楽しみに仕事をチャカチャカと終わらせてしまおうという目論みだ

ちょうど見たいTVに合わせて、生活の時間をコントロールしていた子どものような気持ちと一緒だ

時計を見ると11時ちょっとすぎ

正直いうと、頭の中はランチのことでいっぱい
「恋するランチ」というフレーズが頭の中でリフレインしている

「よっしゃあ」
恭平は思わず声に出して、椅子から立ち上がった

周りの社員がこちらに視線を送る

「あ、すみません。何でもないです」
恭平は少し俯きながら、ぼそぼそっ発した

心の中で改めて「よっしゃ、時間だよ、時間」と叫びながら、そっと財布を手に取ると二段飛びで階段を駆け上がり、お店へ向かった

「いらっしゃいませ」
可愛らしいサキちゃんが最高の笑顔で迎えてくれる

「おお、来たな」
オーナーも厨房から顔を出して、恭平に向かってニッコリとほほ笑んだ

「オーナー、いつものをお願い」
恭平はそういうと、出されたお冷を一気に飲み干した

「恭平さん、今日も元気いっぱいだね~。見ていて何だか元気もらえるわ」
サキちゃんはお世辞のように聞こえるセリフを嫌味なく言ってくれる

たまにサキちゃんはオレのことを「ホントは好きなんじゃないかな」と勘違いさせるくらい自然に言ってくる

「ねえねえ、恭平さん。今日さ、みんなで写真撮らない?」

「えっ、どうしたの?」

「いやあ、それがね…。うち今日までなんよ、ここで働くのが」

「どういうこと?」

「いいから、写真を撮って思い出にしたいんよ。恭平さんはいつも来てくれて、元気くれたから…。思い出に残したい。それだけ」

「今日まで?信じられない。ドッキリよね?」

「そうそう、ドッキリと思って騙されてくれるかな?はい、スマホあるから。ここね、この丸いところを押してくれたらいいから」

「わかった、撮ろう」

「じゃあ、恭平さんとのツーショットはオーナーに撮ってもらって、みんなで映るのはセルフタイマーでいこっ」

「5、4、3、・・・」
スマホのライトが点滅して、だんだん点滅が早くなる

「パシャっ」

「ねえねえ、どんな感じで撮れたかな?いやあ、みんな笑顔で綺麗に撮れてる。恭平さん、後でAir Dropするね」

写真を撮ってニコニコする僕らの様子をオーナーは笑いながら見ている

良く見ると、オーナーの目から涙がうっすらとこぼれ落ちているようにも見える

「オーナー…」
恭平はそれ以外言葉にならなかった

オーナーは涙を手でぬぐいながら話そうとしているが、小さな声にしかならない感じだ

「サキちゃん、ありがとね。本当に今まで色々とお店のことを支えてくれてありがとね。まさかコロナでお店の営業がこんなになるとは…。恭平くんもいつも食べに来てくれて本当にありがとう」

「オーナー、もしかして…、まさかお店を閉めるんですか?」

「恭平くん、今までありがとう。本当にありがとう。みんなと別れが惜しくて今日で閉じることを言えなかったんだ。最後の日に恭平くんが来てくれて本当に嬉しいよ。今朝、サキちゃんからLINEが来ただろ?今日は行けませんって返事が来たら、会えないねって話をしててさ。来てくれるって分かったら嬉しくて嬉しくて、朝から涙が出ちゃったよ」

「えーーー、オーナーもサキちゃんも水くさいじゃないですか。なんで言ってくれなかったんですか」

サキちゃんを見ると、オーナーと同じように涙を流している

恭平も思いっきり泣きたくなった

けれども我慢した
とにかくお店を出るまでは絶対に泣かないと心の中で言い聞かせた

ところが、やっぱり耐え切れず、恭平はランチの代金をカウンターへおくと「ご馳走様でした」とお店の入口へ走っていった

恭平にとって、落ち込んだときに救ってくれる場所だった。家よりも居心地のよい場所で、3時間限定の「居場所」だった

歩きながら涙が止まらない
悲しい涙というよりは怒りのような涙にも近い

「コロナでお店が閉まるなんて誰のせいにしたらいいの。オーナーもサキちゃんも誰も悪くないじゃないか」

誰にぶつけていいか分からない怒りとあふれ出す涙で前がぼんやりとしか見えない

ポケットからスマホを取り出すと、その画面にはAirDropで受信した写真が映っている

ほんの数十分前には全員が飛びっきりの笑顔だった「最高の1枚」
恭平にとって忘れられない「笑顔の写真」

その日の夜、そっとその写真をSNSへUPすると再び涙した
それぞれの新しい出発がうまくいくことを祈りながら…


【終わり】

ありがとうございます。気持ちだけを頂いておきます。