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臨床医から大学院へ5:研究テーマどうする

救急医である自分が大学院生活を振り返っていきます。大学院進学を考えている臨床医の参考になればと思います。

この記事では自分の大学院生活における「臨床研究のテーマの決め方」について紹介します。

参考)前回までの記事:



臨床研究のテーマどうやって決めるか?

大学院に入学すると指導教官からまず初めに聞かれるのはこれです。

「君の大学院の研究テーマ何にする?」

博士課程では学位を取得するためのメインの研究を計画、準備しないといけません。研究テーマについては、指導教官からテーマを与えられる場合もあると思いますし、自分でゼロから決めるというパターンもあるかと思います。研究のテーマを決めるにあたって、いろんな要素を考える必要があります。

臨床やってるときには、こんなテーマ、あんなテーマで社会を変える壮大な研究をしたいと妄想がすすみます。しかし、それは現実に実施可能なのでしょうか?

まずは「現実的に実施可能か?」について今回は焦点をあてて考えたいと思います。

現実的に実施可能か?

研究をするにはデータが必要です。一般的には臨床研究であれば、臨床の現場からデータを実際に収集するか、すでにある既存のデータベースを使うかどちらかです。今回は、実際の医療機関からデータを収集することを考えます。

臨床現場でデータを集める

医療機関の常勤職を辞して大学院生になると、医療機関のデータを収集することは簡単ではありません。そもそも病院の常勤職員でなければ研究計画書を病院の倫理委員会に提出できないし、研究の遂行も常勤職員に共同研究者になってもらう必要があります。病院の常勤職員なら「根性と気合でカルテに向き合いデータを収集する」ということもできますが、大学院生となった今は電子カルテへのアクセスすらできないかもしれません。

また、多施設研究を仮に考えていたとしても、協力してくれる病院はあるでしょうか?自分の昔勤めてた病院や知り合いのツテ、後輩を頼っていくつか多施設研究をお願いしに行くとして、協力してくれる病院は見つかるでしょうか?

ましてや、自分が学会でも有名な先生で論文もたくさん書いているならまだしも、まだ論文も書いたことない、研究の素人である大学院生の一年生に協力してくれるでしょうか?データ収集お願いしても、日々のクソ忙しい臨床業務の隙間で、何処の馬の骨とも知らぬ大学院生の研究のためにデータを集めてくれるわけはありません

そんなわけで、多施設研究を企画したとしてもせいぜい2-3施設が関の山で、多くの場合、現実的に実施可能なのは単施設研究で、自分と自分に協力してくれる人間で根性でデータを集めることになると思います。

十分なサンプルサイズを得られるのか?

仮に2施設が協力してくれることになったとします。どれくらいのデータが必要でしょうか?

例えば、何かの要因が予後に関連しているかどうかの研究をするとします。一番多いタイプの研究です。例えば「喫煙者は非喫煙者と比べて肺炎になったときに院内死亡割合が高い」という仮説を立てて研究をするとします。詳細は省きますが、おそらく「ロジスティック回帰モデルを用いて交絡を調整して院内死亡の調整オッズ比を計算する」みたいな解析をすることになります。この解析において「年齢、性別、肺炎の重症度、併存疾患の重症度、社会的背景」くらいは少なくとも交絡として調整する必要があるとします。

ロジスティック回帰モデルを用いて解析するときにどれくらいのサンプルサイズが必要か考えます。ひとつの考えに「調整する変数の10倍くらいはアウトカム(院内死亡)が必要」といわれます。*

*このRule of thumbにはたくさんの批判があるのは承知しておりますが、ここでは目安の話をしているので、お許しを。スルーでお願いします。

仮に8つの変数を調整するとしてロジスティックモデルにいれるなら、80(8x10)くらいはアウトカムの発生数が必要です。

一般病棟の肺炎の院内死亡割合は10%程度とすると、80人の院内死亡のイベント発生数を得るためにはデータ全体で800人の肺炎患者の登録が必要になります。

もし、1週間に1人肺炎患者が入院してくるとして、1ヶ月で4人=年間48人、=8年で400人となります。2施設で集めることができれば8年分でやっと800人分のデータに相当します。

実際集めれるでしょうか・・・?  

相当大変です。

もし1ヶ月に3人しか入院しないなら11年分のカルテを開く必要があります。10年以上前だと電子カルテが導入される前だったりしてそもそも記録が残っていない場合もあります。

何がいいたいかというと、「喫煙者は非喫煙者と比べて肺炎になったときに院内死亡割合が高い」というテーマを立てた時点で気合と根性で800人のカルテをみてデータを集める覚悟をしないといけない、ということです。

まだ気合と根性で解決すればいいです。

これを前向き研究でやろうと計画を立てた時点で、この研究の結果がでるのは8年後です。多分大学院は退学していると思います。

現実的には大学院は4年生の12月には論文がアクセプトされていないと4年で卒業できないです。データ収集は3年生の冬までに終えて、4年生になるまでに解析し、論文を作成して、4年生の夏までには論文投稿、というスケジュールを考える必要があります。

このような状況をまとめると

・研究に協力してくれる施設はどれくらいあるか?
・どれくらいのサンプルサイズが得られるか?
・そのデータを集めるにはどれくらいの時間が必要か?

これらを総合的に考えて、卒業までに間に合う現実的に実施可能な研究テーマを考える必要があります。

実際には院内のDPCデータなどを抽出して活用する、または院内でデータ抽出に便利なシステムがあるなど、全員の電子カルテを開かなくてもデータを収集できる場合もあります。こうしたシステムがあるのであれば研究の実施可能性も大きく変わります。いずれにせよテーマ設定時にこうした事情を把握しておく必要があります。

まとめ

今回は大学院で臨床研究のテーマを決めるにあたって、実現可能性について考えてみました。実現不可能なファンタジー研究では卒業できないので、研究テーマを考えるときには実現可能性を十分に考慮する必要があります

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