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仕事に役立つSF思考① 前提を疑う発想 「フェミニズムの帝国」

早川書房が「世界のリーダーはSFを読んでいる」というフェアをやってます。それに勝手に同調して、「日本企業のミドルリーダーもSFを読んでいる」というシリーズで、仕事に役立ったSF思考を紹介します。

第1弾は「前提を疑う発想」です。紹介するSF作品は、「フェミニズムの帝国」(村田基、早川書房、1988年)です。

マイナー作品なので、SF好きでも知らない人が多いかもしれません。私は目黒考二氏の書評で2000年ごろに知りました。

この作品が疑った前提は、男性主体の社会構造です。最近になり、ダイバーシティが強調されてますが、それは今なお男性主体の社会構造だからです。

まして、この本が書かれたのは1988年というバブル景気のピーク。女性は高校か短大を卒業して、良い会社に一般職で入社し、社内結婚して寿退社するというのが勝ちパターンと考えられていた時代です。

そんな男性主体の社会構造をひっくり返したのが、この作品です。ひっくり返すために使ったのが、男性だけに感染するウイルスという科学的なフィクションです。

さらに、このウイルスには、一定以上の傷を負うと死に至らせるという設定があります。これにより、男性の肉体的優位性を消滅させ、女性を優位にさせてます。

これらのSF設定によって、男性は男らしくおしとやかに育ち、会社でお茶汲みなどで女性社員を支え、寿退社して子供を育てるのが「男の花道」と讃えられる社会構造が作り出されます。そして、そんな女性優位社会における男性解放運動が描かれていくのです。

私がこの本を読んだのは、大学を卒業してSEとして働き始めた頃でした。高校の途中から理系の9割男子のクラス、進学した東大も男性が多いし、最初のSEの職場も男性ばかりという環境にいました。そのため、自分を取り巻く環境の前提を逆転させた本作には衝撃を受けました

その衝撃の凄まじさから、私は10年前の男性育休が相当レアな時代に、育児休暇を取るに至ってます。今では、部下の管理者も全員が女性になりました(これは前に記事に書いた通り、ニュートラルに評価した結果論ですが)。


さて、この前提を疑う力が仕事にどう役立つかですが、ビジネスや経営の変革を行う時に役立ちます。以降では、その詳細を述べます。

企業の勝ちパターンは暗黙の前提を堅固にする

一定以上の規模の企業には、その企業ごとのビジネスモデルの勝ちパターンがあります。そして、その勝ちパターンを磨いてきたからこそ、成長して利益を出せています。

こうした会社では、この勝ちパターンを前提として、社員が役割分担しています。その役割分担に応じて、暗黙のヒエラルキーがあったりします。

例えば、ハードウェア商品を効率的に販売することで成長してきた会社を考えます。この会社のビジネスの勝ちパターンは、魅力あるハードウェア商品を開発し、効率的に製造して、そして最後に販売するビジネスです。

この会社の前提は、ハードウェアを作って売ることです。そして、会社によっては、技術者に権限が集中して、営業は売ることだけに権限が狭められたりします。(逆に、営業に権限が集中し、技術者は下請開発のような会社もある)

この状態では、「ハードウェア商品をタダで配って、それを使うサービスを売るビジネスをしよう」という発想は、なかなか生まれません。

この前提の上で、社員が真面目に努力し続けると、結果として、勝ちパターンはますます堅固な前提となっていきます。

勝ちパターンが壁に当たると、思考停止になる

こうした状況が続いた後に、勝ちパターンの限界が来ることが多くあります。先のハードウェア商品の例なら、需要の飽和や中国メーカーが同じモデルをローコストで実現するケースです。

こうした時に、その会社が検討する次の手は、過去の勝ちパターンの前提の上で検討されがちです。先の例だと、コア技術を活用した別の商品の開発、複数の商品が連携する仕組み(○○リンクとか)などです。

ところが、それらは企業の事情で考えられるため、消費者のニーズからズレていることが多く、なかなか上手くいきません。違う発想の社員が出ても、社内では少数派となり、大きな動きには結びつきません。

そして、過去から同じ前提の上で、そんな試行錯誤を繰り返すうちに、縮小均衡に至っていきます。

その会社は一定に前提の中で必死に検討しています。でも、前提の外から見ると、ある意味で思考停止に近づいているように見えるのです。

暗黙の前提を疑うことが変革の梃子

私はこうした事例を数多く見てきましたし、限界に行き着いた後の、後始末(事業終息や会社清算とか)の仕事もやってきました。

この事態を避けるためには、早い段階で、ビジネスや経営の変革が必要になります。私の今の仕事の中心は、このような変革です。

でも、堅固な前提を変革することは、かなり大変です。そんな時に役立つのが、SF思考です。別の視点から暗黙の前提を疑い、大胆に別の状況を描く力です。私はこの力は、SFを読む中で身につけました。

男性優位社会という前提を疑い、それを逆転させて、女性優位社会を描く。その逆転の梃子がSF思考(科学的フィクション)です。

同じように、社内で当然視している前提を疑い、次のビジネスや経営の形を描く。この時の梃子として、SFを読んで身につく「前提を疑う力」が役に立つのです。

まとめ

このように、SF思考で培われた「前提を疑う力」は、私が仕事する上で、非常に役に立ってきました。たかがSF小説と思われるかもしれませんが、そこには先人が、世の中を別の角度で見てきた示唆が山ほどあります。

皆さんがそんなSF作品に触れてみて、何か示唆が得られたなら、一介のSFファンとしては、嬉しく思います。


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