ウクライナ情勢を理解するための新書3冊
日々、状況が変わっていくウクライナ情勢ですが、何が起きているのか、またこれから何が起こり得るのかを知るのに役立つ新書を3冊紹介してみたいと思います。自分も最近読んだ本ばかりなので、自分の備忘と理解も兼ねて。
『アメリカの制裁外交』(岩波新書)
――経済制裁の意味とその効果は?
一冊目は、杉田弘毅『アメリカの制裁外交』 (岩波新書)。本書は題名の通りアメリカがこれまでどのような経済制裁を他国に課してきたかを解説する一冊です。ロシアをSWIFTから排除するという措置が発表されましたが、ニュースを聞いたときにそもそもSWIFTって何? という疑問に至りました。そんな疑問にも本書は答えてくれます。
SWIFTは 送金情報を高度に暗号化された方法でやり取りする通信サービスの 拠点で、(中略) 現在二〇〇以上の国・地域の金融機関一万一〇〇〇社が参加、 SWIFTを通過する送金額は一日当たり五兆~六兆ドルとされ、国際決済のほとんどを手掛ける。
つまり、SWIFTから排除されるということは国際決済が非常に困難になるということを意味するのですね。一方で本書では、中国によるSWIFTに代わる国際決済システムのCIPSの存在や、仮想通貨での取引がアメリカを中心とした制裁への対抗策の可能性として指摘されています。
また、本書には2014年のロシアのクリミア併合時に行われた経済制裁についても詳述されています。そして、ロシアへの制裁の範囲はどんどん拡大しているにもかかわらず、その効果が十分に上がっていないという指摘もあります。
クリミア併合後も、 ロシアは懲りずに米大統領選への介入、化学兵器禁止 機構(OPCW)や世界反ドーピング機関(WADA)へのサイバー攻撃、モンテネグロでのクーデター支援、元情報機関員殺害未遂など「悪事」を繰り返している。 これでは制裁は無力と結論づけざるを得ない。
この部分は現在の私たちから見るとあまりに示唆的ではないでしょうか。 また、これに続く部分では米欧での経済制裁の歩調の乱れも指摘されるのですが、だからこそ今回は米欧中心に一致した、これまでにない厳しい制裁が下されたという事になるのでしょう。これからはその持続力が問われるという事になるのではないでしょうか。
他にも本書ではなぜアメリカが他国に経済制裁を実施するのか、その法的根拠や効力、それがもたらす弊害などが広く網羅されていて、今行われている経済制裁がどういう意味を持つのか、を概観するには最適な一冊です。
https://www.iwanami.co.jp/book/b496866.html
『物語 ウクライナの歴史』
――ロシアとウクライナの歴史的関係
二冊目は黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)です。ウクライナの歴史を概観する一冊です。
当然ながら歴史的にロシアとウクライナには長く深いつながりがあるわけですが、9世紀に成立した〈キエフ・ルーシ公国〉の後継者がロシアなのかウクライナなのかというところに意見の相違があるという指摘がなされます。
またロシア革命期にウクライナとしての独立を図りますが、様々な勢力に翻弄された上にボリシェヴィキの勝利に終わりソ連に組み込まれるという顛末も描写されます。
また1933年には意図的な大飢饉によって多くのウクライナ人が犠牲になったという事実も紹介されます。1932-33年の間に300~600万人の餓死者を出したとされ、それは
強制的な集団化や穀物調達のために起こった人為的な飢饉であり、必然性は なかったということだ。その意味でこれはユダヤ人に対するホロコーストにも匹敵するジェノサイドだという学者もいる。
という凄惨なものだったのです。さらに
当時ソ連は対外的に弱みを見せたくなかったのであろう。外国からの救援の 申し出も断っているが、このことが被害を一層大きくしたことは疑いない。 それよりも、この時期にもソ連は平然と穀物を輸出し続けていたのである。
という事実も指摘されます。
こういった歴史を知ることでウクライナとロシアの二国間にある背景や、その国民感情を理解することができる一冊となっています。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2002/08/101655.html
『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)
――ロシアの軍事力とその戦略
三冊目は小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)です。最近、毎日のようにテレビで見かける軍事の専門家である小泉氏によるロシアの軍事についての一冊。
内容はかなり細かくマニアックな部分もあり(著者自身があとがきの題を「オタクと研究者の間で」としている通り)、ある程度の予備知識がないと一読では全体を理解するのは難しい部分もありますが、軍事というと少し抵抗のあるテーマについて、著者の明解かつ倫理的な態度で学ぶところの多い一冊です。
特に現状から考えると、以下の指摘は極めて重い意味があると感じました。
2014 年のウクライナ政変は、敵対的な政権を打倒するために西側が仕掛けている「 非線形戦争」 だというのである。
2014年のクリミア併合に際して行われた演説で、プーチン大統領が「 ウクライナでの一連の事態の背景には(中略) 政治家や権力者を支援する 外国の支援者たち」が存在し、「 そのような企みの糸を引いていた」と述べ ていたことはその好例である。(中略)
ロシア側の言辞は、多くの場合、自国の行動を正当化するレトリックであると西側では理解されてきた。しかし、(中略)それが一種の被害妄想であるとしても、主観的にはロシアは西側の「非線形戦争」に晒されているので ある。
また、戦争時の核兵器の使用の可能性については、「ロシアの核戦略」という一章を使って詳しく書かれています。ロシアの核兵器使用に関する戦略については、
限定的な核使用によって敵に「 加減された損害」を与え、戦闘の継続による デメリットがメリットを上回ると認識させることによって、戦闘の停止を強要したり、域外国の参戦を思いとどまらせよう
とする「エスカレーション抑止」のための核使用の可能性や、一方でロシアが核戦略を一つの心理戦として利用しようとしているという指摘などが整理されています。
もちろん、核兵器の使用は許されざる行為ではありますが、現実に起こり得ることを理解するためには押さえておくべき重要なポイントだと感じました。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073952/
おわりに
三冊を紹介してまいりました。もちろん、新書というメディアの性質上、これを読めば専門家並みの知識が得られるというのは難しいかもしれませんが、いずれもしっかりとした専門家が書いていますから、これらを読むことで各種メディアやネットに飛び交っている色々な情報や議論を理解するための基礎知識がつく、と実感した次第です。
最後に、ウクライナに一日も早く平和が訪れることを祈ります。
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