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生物学と数学が仲良くなる日

数学は不思議な存在だ。
世の大半の人は興味がない。
しかし、現代社会にとって不可欠な科学のすべては、数学がなくては成り立たない。

それなのに、というか、ごく当たり前に、生物・医学系の研究者の中には数学を苦手とする人がたくさんいる。
彼らは、学会発表で数式が出た途端、話を聞かなくなる。
生物物理や数理生物学、生物情報学など、数学を使って生物を研究している人たちは、そういう聴衆の姿を散々目にしているからなのか、数式を出すことにすごく慎重だ。
発表スライドに載せた場合でも必ず、「これは理解しなくても大丈夫です」や「参考までに」などと、できるだけ警戒させないよう気を遣う。
見るたびに申し訳ない気持ちになるし、くわえて、少し笑ってしまいそうになる。
まるで、「怖くないよ」といって子供を宥める親のようだからだ。
本来であれば、研究に必要な話なのだから堂々と数式の説明をすればいい。
私も難しい数式を出されたら理解できないけれど、だからといってその発表をつまらないと思ったり、発表者を責めようとは全く思わない。
例えば、がん研究者はがんを研究するために必要な知識を持っているべきだと思うか、と質問したら、彼らは「はい」と答えるはずだ。
だとすれば、がんを数学的な手法で研究した人の発表を理解できないのは、数学の知識を持たない聞き手の責任だ。
なにも生物研究者に向かって、理論物理の話をしているわけではないのだから。

「この数式、ただの四則演算なんだけどな」
と、ある生物物理の研究者が呟いていた。
足し算と割り算、掛け算、割り算しかない数式だから、中学一年生の知識があれば分かるはずなのに、「それでも嫌がるのか」という魂の叫びのような呟きだった。
同じ理科系といっても、同じ自然科学といっても、数学を苦手とする人がいて、それでも自然科学全体は数学の上に乗っかっている。
生物・医学系はずっと応用的な学問だから、基礎の方にある数学や物理が分かっていなくても成り立つといえば成り立つ。
少なくとも、これまでの生物・医学系では、多くの分野で定性的な議論しかしてこなかった。
定性的とは例えば、ある遺伝子がある病気の原因であるとか、そういうもの。
しかし、物理・工学的に考えれば、数学モデルが必要だ。
新型コロナウイルス感染症で有名になったように、疫学には昔から数学モデルが存在する。
今後は、生物・医学系全体に広がっていくと思う。
機械や技術がどんどん発展して、細かく正確なデータを取れるようになってきたので、数学モデルが作れるようになってきたと言ったほうが正しいかもしれない。
まだすぐには無理だけれど、きっと50年後には、数学モデルのない生物研究は認められない時代が来ると思う。

400年ほど前に、数学を使って世界の法則を扱う物理学が生まれた。
生物・医学はそれとは別軸で発展してきたが、21世紀になってからようやく、近代科学の流れに組み込まれようとしている。
好き嫌いにかかわらず、数学のできない人たちは生物・医学研究から追い出されてしまうだろう。
そうしたらようやく、学会でも堂々と数式をスライドに表示できるようになる。

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