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無料博物館のすゝめ

無料の博物館は最高だ。

入館料がかからないのももちろん、施設自体比較的小規模なことが多く気軽に立ち寄れるのが嬉しい。また特定団体による得意ジャンルの資料保存・文化保護を目的に兼ねていることがよくあり、マニアックで特徴の強い学びが得られるのも楽しいポイントである。

今回はいくつか東京都内の無料博物館に行ってみたのでそれぞれの感想を書き記す。



インターメディアテク (東京大学)

骨がたくさんあり、博物館に来た感じがする

東京駅隣接のKITTE丸の内にあるインターメディアテク(IMT)。東京大学所有の学術標本を展示している。動物の骨格標本、鉱物標本、鳥類の剥製が数多く並び、図鑑が好きだったあなた(私)の心をくすぐってくれる。


アートっぽい展示もいくつか

本館は2013年オープンと比較的新しく、丸の内らしいモダンな香り漂うKITTEの雰囲気に合わせスタイリッシュな内装に仕上げられている。写真撮影もOK(展示・期間によっては決めごとがある可能性もあり入り口で要確認)なので、SNS用の写真を探ってみるのも楽しい体験になるだろう。

派手な展示や時間をかけて読み込むタイプの資料は少ないが、そのぶん雰囲気が堅すぎず直感的に楽しめる。空間の使い方が心地いいので、のんびりと落ち着いた館内を眺めるだけでもいい刺激になるだろう。アクセスも抜群によいので、都内を観光した際はふらっと寄ってみてはいかがだろうか。





貨幣博物館 (日本銀行)

荘厳な街並みの日本橋エリアは東京駅から余裕で徒歩圏内だ。

お次は日本橋・貨幣博物館。お隣の日本銀行と合わせ建物からして文化財レベルで美しく、それを眺めるだけでも十分観光になるのだが、ここにはお金の歴史を学ぶことができる博物館があるので近くに来たらぜひ立ち寄りたい。


出典:https://www.imes.boj.or.jp/cm/collection/

ワンフロアを大きく使って貨幣の歴史を実際の資料とともに詳しく解説している。内容は高校生から一般向けで、私が行った日は社会科見学の生徒が何人も訪れていた。とても平易かつ整理された情報の見せ方となっており、社会科の教科書と一緒に配られる資料集を熟読していたようなあなた(私)にぴったりの展示がずらりと並ぶ。

出土した中で最も古い貨幣は古代日本、7世紀後半に遡る。産声をあげて以来ひとびとの掌の中で蠢き、牙を剥き、時には救いの手をも差し伸べ、社会の血液となって経済を動かし続けてきた貨幣。さまざまな形態に変化しながら中央集権のための法や設備が次第に整備されることで今我々の手元に日本銀行券として存在しているのだという事実に、改めて思いを馳せてみる。

また2024年1月現在、夏から流通を開始する新紙幣についての詳しい展示も展開されている。デザインの意図は?肖像に描かれているのはどんな人?どんな偽造防止技術が使われているの?等、この機会に学んでおけば向こう20年はデートで紙幣を取り出すたびに毎度フルボリュームの蘊蓄を披露できるので、おすすめだ。




2022年最も面白かった本といえばコレ

余談だが、貨幣博物館を訪れる前の予習として副読本的に渡辺努『物価とは何か』(講談社選書メチエ)もおすすめしておきたい。日銀での勤務から経済学者となった著者によるお金・経済・物価のしくみをわかりやすく(それでいて痒い所に手が届くレベルの知的好奇心をくすぐるチャレンジングな難易度で)読み切ることができる。2022年の本だが今だに書店の選書コーナーで平積みされているのをよく見るので、売れ行きに裏打ちされたその面白さは折り紙つきと言ってよいだろう。




アドミュージアム東京 (電通)

謎の古代遺跡を守る正体不明の球体 兵器ブリオン

汐留駅最寄りの電通本社近くに位置するアドミュージアム。江戸時代から文明開花、戦前、戦後、バブル、そして現代と、ニッポンの広告の歴史を一覧できる博物館だ。

さすが「魅せる」プロ・電通のお膝元にて運営されている施設ということで、内装や展示は非常に洗練されており洒落た雰囲気が漂う。マーケティング論や歴史的観点での学びも多い一方、美術を眺めている気分で歩くだけで刺激的な空間となっているため、アウトフィットをさらっと着こなしたイケてる若者(つまり私ではない)にも人気のスポットとなっているようだった。


やはり昭和期の日本を感じる戦後〜バブルの広告は華々しく目に楽しい

広告はその時代の庶民の欲望や文化を如実に表すスナップショットにもなっている。大正時代、大量消費社会の形成によって想起され始めた「健康需要」を狙い撃ちするカルピスのポスター。西洋文化への憧れを隠さない戦前の広告と対照的に、一転して国威発揚の勇ましい張り紙が増える戦中は広告"冬の時代"。戦後の高度経済成長期はようやく訪れた春を楽しむように力強く、その後バブル期にかけては豊かさの裏にどことなく空虚な頼りなさを感じる煌びやかなデザイナーズ広告が続く。記憶に新しい2000年代以降のテレビCMを紹介するコーナーは、次々に流れるあのコマーシャルを「あったあった」と懐かしむことができるだろう。


時代にそぐわぬ異彩を放つ大阪万博のアートは、今もなお我々を惹きつけてやまない

たくさんのポスターが並ぶ館内を歩いていれば、きっとお気に入りの作品がいくつも見つかるはずだ。近年、インターネットサーフィンや動画サイトの普及に合わせてか広告=煩わしく不快なものとする風潮が強まっているように思う(実際私もブラウザに広告ブロッカーを導入している)。だが粗悪なものももちろん増える一方、デザイナーの手によって生み出されプロフェッショナルたちの調整を経て世に流通しているものの中には時代を鋭く捉えたクレバーな作品やハッと息を呑むように気づきを与えてくれる作品もたくさん存在している。それらはその瞬間に金銭を生み出すにとどまらず後々学術的意味を持ったり、あるいは私たちのような後世に生きるひとびとにささやかな学びを与えてくれることもきっとあるはずだと教えてくれる。

そんなふうに広告たちを眺める機会をひとたび持てば、なんだか今日からはYouTubeのスキップできない長ぁ〜い広告も一周回って愛おしく見えてはこないだろうか。

どうだろう。

……だめ…ですか?





鉄道歴史展示室/旧新橋停車場 (JR東日本)

展示室の建物は立派な作りで見応えがある

2023年は日本の鉄道開業150周年のアニバーサリーイヤーであった。150年前、官営鉄道(のちの国鉄)による日本で初めての鉄道正式開業は新橋-横浜間。当時の横浜停車場は現在の桜木町駅、そして新橋停車場はここ汐留の地に存在していた。現在はビル群に囲まれながらも資料館として当時の駅舎を模した施設が現存している。


小ぢんまりした展示室ながら、貴重な資料が目白押し

目玉は当時の駅舎の基礎部分を発掘(!)したというその"遺構"だ。ガラス張りの床越しに見る石造りの構造は、近代化以後といえど150年という歴史の重みを感じさせる佇まいとなっている。ふだん史跡を巡っていると「江戸時代って意外と最近じゃん」と思う場面と「明治って思ってたより昔なんだな」と思う場面の両方があるのだが、今回は迷いなく後者の方であった。


復元ではあるが、当時の情景を思い起こさせる

外には鉄道のはじまりを表すいわゆる「ゼロキロポスト」が復元されている。まさにこの場所から日本の鉄道史が始まったのだという測量起点の0哩標識だ。

このプラットフォームから、一体どれだけのひとが列車に乗り込んだのだろう。初めてのハイカラな鉄道体験に心躍らせ、何度も乗れば慣れっこに。中には想い人が待つ彼の街へと胸を高鳴らせながら勇んで乗り込む者もいたかもしれない。時には辛い現実を抱え重い足取りで腰掛けた列車の席、ガタンゴトンとひびく轟音にささやかな夜風とが彼を癒したかもしれない。

それぞれがそれぞれの人生を抱え、目的地へと旅立ちまた帰ってくる場所として、きっとたくさんの想いが刻まれた場所なのだろうと想像してみると、ビル街の隙間からひと筋の汽笛が聴こえてくるような気さえしてくるのであった。

「旧新橋停車場」公式サイト




おまけ:たばこと塩の博物館 (JT)

公式Xより引用:@tabashio_museum

最後にひとつおまけを紹介したい。JTにより運営されているたばこと塩の博物館は、錦糸町やスカイツリーに程近い場所に位置している。内容は名前の通り、たばこと(なぜか)塩だ。


出典:https://bijutsutecho.com/museums-galleries/320

タバコのフロアでは、古今東西あらゆるタイプの製品について知ることができる。お馴染みの紙タバコはもちろん、日常的に見る機会の少ない葉巻コーナーではハードボイルド映画さながらの雰囲気を纏った道具の数々が並べられていた。またパイプコーナーにはさまざまに趣向を凝らしたデザイン性あふれるパイプ・煙管が並んでおり眺めているだけで直感的に楽しい


出典:https://bijutsutecho.com/museums-galleries/320

私は全く吸わないため愉しみ方までは理解が及ばないものの、その発見以来ひとびとの口元を癒す存在として懐を温め続けたものこそタバコであろう。文化の一躍を担いながらも近年では風雨にさらされつつ今日まで生きながらえてきたことを思うと、もくもくとした煙にもある種の威厳が漂っているように感じられる。

ちなみに共に訪れた喫煙者の友人は「見ていると吸いたくなりますね」と言っていた。そんな方のため館内にはもちろん喫煙室が用意されており、普段肩身の狭い思いをされている皆さんもここでならのびのび堂々とタバコへの愛を胸いっぱいに吸い込める。


出典:https://mainichi.jp/articles/20190719/ddl/k13/040/002000c

塩のフロアでは、日本のみならず世界中でひとびとがどのように塩と付き合ってきたかが紹介される。聖キンガ像は岩塩でできた実物がポーランドの岩塩洞窟「ヴィエリチカ岩塩坑」内に現存しており、同坑は13世紀半ばには採掘が始まっていたというからその歴史の長さには驚きだ。大規模な塩の掘削は発展してゆく社会に欠かせない事業だったのだろう。

それもそのはず、古生代後期になって海洋動物たちは新たなフロンティアを求め、それまで身の回りに当たり前に存在し生命維持に欠かせなかった海水を身体の内部に閉じ込めて陸上に進出せざるを得なかった。その瞬間から、我々陸上動物は常に塩と共に生き続けざるを得ない運命に置かれていたのである。


出典:https://www.tabashio.jp/collection/salt/s10/index.html

海外では主要な採塩源となる岩塩や塩湖が少ない日本では、海水を汲んで水分を抜き塩を取り出す揚浜などの技術が発展してきた。千葉県民の私に馴染み深い駅「市川塩浜」を擁する沿岸地の由来もまさに、この海水塩製造からきているのだろうことがわかる。


出典:Wikipedia『塩事業センター』

さて、ではなぜタバコ会社のJTが塩の博物館を作ったのか。そのヒントがこの画像。皆さんはスーパーで塩を購入する際、謎の企業「塩事業センター」製の赤い食卓塩を目にしたことはないだろうか(たいてい最も安い)。

この塩事業センターはかつての日本専売公社(現:JT)から独立した財団法人であり、塩事業法の施工を受け2002年に塩販売の自由化が完了するまでは同社の塩専売事業本部として事業を行っていたのだ。90年代末生まれの私はこの事実を知らず、今と同じように各メーカーが自由に塩を販売していたのだと思っていた。一見何の関係もないタバコと塩には共通点があったのだと学べる良い機会となった。


そして、どうしてこの博物館の紹介だけおまけなのか。非常に素晴らしい施設で東京観光のプランとして訪れるに値するのだが……実は入館料がかかる。大学生以降は100円、小・中・高校生は50円かかるので、今回のnoteの趣旨である「おすすめの無料博物館」からは外れてしまうのだ。

それにしてもワンコインとはコーヒー1杯どころかダイソーの商品より安いのだから、得られる情報量に照らし合わせれば実質無料と言って差し支えないだろう。気軽に楽しめる博物館のひとつとして覚えておきたい。




まとめ:金のかからない街・東京

摩天楼ひしめく大都会を、リーズナブルに散歩しよう

今回は5つの博物館を紹介した。どれも有名で東京民なら訪れたことのある場所ばかりだったかもしれないが、ひとつの散歩レポートとしてここまで楽しんでいただけたら幸いだ。

東京23区は地価が高く暮らすには相当の資金が継続的に必要となるが、こと散歩においてはここまでお財布フレンドリーな街もない。さまざまな公共施設が開放されているし、いたるところで無料の文化財・芸術・史跡などを楽しむことができる。

中でも博物館・資料館はダイレクトに知識をインプットできるので充実感を得やすい場所だ。知識欲も満たせてなんだか得したな、という気分にさせてくれるのが最大の魅力といえるだろう。

今後も首都圏を中心に散歩の様子やおすすめスポットがあれば紹介しようと思う。私のnoteは雑多な内容を取り止めもなく書いていくつもりなのでそればかりにできないのが心苦しいが、日常所感の備忘録としてその都度記載していくのでまた機会があればご覧いただきたい。

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