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#JJインド神話11 〜オーロヴィルにてユートピア迷子

ブラジル人ビアンカに誘われ参加した公式見学ツアー。彼女は存在そのものが開放的で、私たちは色々と話したけど、何も訊き合わなかったような気がする。

イギリスで暮らした家や家具を、売ったお金で旅をしてるという彼女は昨日、ケララでのアーユルヴェーダ大デトックスリトリート1ヶ月を終え、きれいさっぱり軽くなってチェンナイ空港からこのオーロヴィルにやってきた。

帰る家もない。インド入国前にはタイ・バリとを回って次はスリランカかも、と。いつ旅が終わるかも知らない。旅がつづけれらなくなったらその時はパリの友人のアパートに転がり込むわ、と。

カーリーな広がる黒髪、ラテンらしい甘くハスキーな声、綿のキャミソールが似合うボリュームのある体にキュッと細い足首、彼女のように生まれたらどんな人生だろう、とずっと眺めていたかった。

そんな彼女は約束に現れなかった。しびれる。

結局、ツアーは、私のほか、午前中の瞑想ドウムツアーでもひときわ目立ってた、ドレッドのヒッピーカップルと私のみ。3名。

イタリアはナポリからの移住して9年のマリオがこのツアーの案内人。
集合場所まで、遠すぎて移動を諦め電話したら原付でリフトしてくれたインド人のナヴィ、計5人でこの敷地のセンター部分を見学にでた。

ここはインドの中でも自治区、独立した都市としてインド本国にも認めれれてるというから驚く。

彼らは誇らしげではあったけど、苦労話をするわけでもなく。しかし本国がイセイの良すぎる都市を”出る杭”と見なす事は、バルセロナや香港の友人が繰り返しFBでシェアする動画を傍観してると想像がたやすい。オーロヴィルもスゴイけど、母なるインドのおおらかさも凄い。

中枢施設周りもパーマカルチャー(持続可能な環境を作り出すためのデザイン体系)で成り立っており、とにかく日差しの強いインドの夏を、グリーンカーテンでしのいだり、植える木の角度さえデザインされて避暑設計になっていた。

下水はそのまま(ピーもプーも)外のハス池へ垂れ流される。その泥の根っこたちは下水さえも浄化して澄んだ水にしてくれるから驚く。時期が来れば蓮華が花ひらく。ヒンズーの古典や仏教に象徴として描かれる蓮の花、その奥深さを改めて目の当たりにした。

そいやトイレットペーパー文化がないゆえこれも成立するんだわとバケツ水のみ”常にマイウォシュレット”カルチャーを尊く思う。


申請すればボランティアVISAも出て、フリー住居込!

ここでは移住者が得意な事でお金を稼いでいいとマリオは言った。世界中からリトリートにくるゲストらに、ヨガを教えるもの、太極拳、マッサージ、寿司屋でもいいし、コンブチャバーでもいい、自由に価格設定をして、通貨を稼ぎそれをこの施設内で循環する。

そ、そんなユートピアあるの〜〜〜〜〜!?

浮かれた、私。一年くらいここで・・の夢もつかの間

そのフリー住居とは、お、おう、なるほど、となかなかデストピア、じめっとした木造の朽ちたホッタテ小屋。に対し、後訪問したマリオの住む南欧風な高層アパートメント最上9階の部屋はCasaブルータスかって白い大理石な空間。

ん? 

蟻や猿の世界ですら、ヒエラルキーがあるのが自然の摂理というのなら、このユートピアの格差社会もそういった意味で至極自然なのか。

いや、それとも趣向の差なのかもしれない!あれは、あえて質素な生活を志願する者の需要にかなった野営ドリーム・タイニーハウス!・・・と質問未満の疑問に、ツアー中終始左脳を使うJJだった。

国内外、大小のコミュニティに所属・滞在した私の経験上、”表向き”といざ内側からの景色はギャップがつきもの。しかも公式に施設のガイド役を買って出てくれる人ってやはりコミュニティでの”上役”が多いから、やはりある程度長期滞在してここの醍醐味しりたいぞ、というのが正直な感想。

とはいえ「人生何かあったら、私にはここある」と思える場所を足と目で確認したこと。心のフォルダにユートピアと題し保存したその存在は、より自由な生き方を選択できるお守りになる気がした。

全体的にここで暮らす人たちは、皆ピースに見える。敷地内のシャトルワゴンを待つ間、門番のおじさんのところには、休憩にチャイポットが運ばれてきて、配達の仕事してるおばあちゃんと一緒にお茶っ子仲間に入れたもらったり。

インド全体的にみて、それぞれのレイヤーで、きっとそれぞれのやり方で楽しそうな印象はあったけど、このコミューンは圧倒的な”守られてる・委ねていい” がどこにいても降り注ぐように感じられる。

それは天然ではなく、人工的な自然発生ハイブリットで、同じ意思を持つ者たちが確実に築き上げた見えないオゾン層のようにこの広大な土地を覆っている。ポニョの世界の透明な膜みたいなイメージ

善か悪か、ではない、玉虫色の世界

着いたばかりの頃、施設唯一のビジターに開かれた「情報センター」を訪ね、受付のボスらしい年配女性に、開催中のヨガのクラスについて質問をしたときのことだ。

アジア系は浮いていたのか、私が浮かれていたのか、何か彼女のカンに触ったかは知らぬが

『自分で調べなさい、私はここで一日何百回も同じ質問に答えてる

といきなりキレられた時は、驚いた。ツッコミどころが多すぎる回答やしないか。

楽園において、いや「案内所」にて、そんな理不尽なボール、昨日ここに座っていた老女はおおらかで美しく親切だったゆえ、あまりのギャップに、私が勝手に傷ついたってのもわかっていつつも。

怒りって癒されなかった悲しみね!
おーい情報センター、仕事してくれ。と言う心の声に従い、

「貴女のような方がこの神聖なオーロヴィルの”情報センター”の顔だなんて、はるばる来て残念でした」と怒りをかくしJJ物申す。が透けちゃってたか

『おやおや、貴女は知らないようですね。本当の”神聖”は人を選ぶのです。神聖は神聖なものにのみ開かれます』

・・カッチーン

隣の若い女性スタッフ質問するも、横の大御所の顔色をうかがい”私は英語がわからないので教えられません” とこちらより流暢な英語で断れる始末。

勝ち誇った年配女性に Perfect DOYA を示され

ビッ ・・ち、じゃないや無言で お、おぼえてろ〜ふえ〜んと立ち去るJJ

ユートピア。て、何をもってのユートピアなのか

こちらのピースに揺さぶりかけられることは、ユートピアもどこもかわらぬ遭遇する。所詮ここ”地上”の楽園。人間だもの。そこは下界となんら変わらない、愛おしき理不尽込みの世界。

あぁ、シャンティを求め、シャンティになった気でいても、シャンティたるや、いわば一時的な”状態でしかない。

全ての人にその瞬間の配役はあり、言ってみればさっきの年配女性とやり合ってる時、私も彼女にとっての”悪役”を『今』演じてるって気さえしたのだ。(ってJJ何目線、てハナシ♡)

この解釈さえも全てby 私カメラの画、じぶんである以上は他のカメラワーク知りようないから、せめて自分の構える画は意図的でありたいな、っていう悔し紛れの収穫を背負い直す、旅路。

いたずらな登場人物がわたしの旅路に現れては消え、試されてることを知る。

しかしこれら、前座に過ぎなかった。 

次なる刺客を待つ間の、にぎやかし。

 エセ天使による謎のセラピーによるエナジー変化が、つぎなる摩訶不思議にアクセスさせた、のかどうかわからないけど  

( やー あれだけフィジカルにもメンタルにも密着したら氣や細胞やらもろもろの物々交換あるんだろうな)

次回、真打登場へ つづく。

Plan "BE" yourself (There's no Plan A ) ....... Indeed 

☝︎ポンデチェリの浜通りにて。



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