12. AIと哲学『石橋を叩いて渡る哲学』

 AIと哲学

 2022年頃からのAIの急激な進化が将来及ぼすであろう社会的な影響について考えてみました。2022年頃とは述べたものの、AIという言葉が指す意味として、機械・ロボット・コンピュータ・人工知能などを含む広義の意味でのAIであることを述べておきます。

 私達が普段コミュニケーションを行う中で使っている日本語や英語のような自然言語を機械への命令として利用可能にするような技術が発明されました。それどころか、今や多くの人間よりも自然言語を扱うのが上手いのではないかというレベルまで来ています。これまでは、作業を人間が計画して人間の判断の元、その作業が実現できるように人間が操作するツールの1つとしてコンピュータが機能していました。しかしながら、AIの急速な進化によって自然言語を理解できるようになったことで、コンピュータへの要求がピンポイントな作業指示からより抽象的で大雑把な指示へと拡大しました。これにより、私達が仕事として行っている作業の半自動化または自動化ができるようになりつつあります。AIの進化を受けて、海外の大企業で大量の解雇が行われるというニュースも度々話題になっています。このAIの進化によって私は人間の仕事が減ると思っています。そして、減るべきであるとも思っています。なぜなら、私が理想とするベーシックインカムによって実現するであろう社会構造に近いからです。また、AIの進化における問題点としてよく挙げられる、仕事が無くなることで生活ができなくなるという問題は、現状の制度であっても回避できることだと思っています。また、ベーシックインカムという制度の導入によっても補填できると考えているため問題視していません。しかし、AIについてポジティブなことを考えても仕方がないので、ベーシックインカムやAIの普及による社会における労働への直接的な変化と労働や能力への価値観の変化によって人類が抱える可能性のある問題について述べます。その問題に直面したときあるいはその問題に直面する前に、問題を認識すること、加えて対処方法を考えておくことで少しでも苦悩する時間を減らせたり回避することに繋がるのではないかと考えています。

 そしてその問題とは、「不安が蔓延る日本」で言及した、現状の構造改革が不可能であるという問題の根拠が関係しています。その問題とは、ある一定以上の無視できない多くの人々が「一時的な何か」を労働から補填しており、その人々が仕事を失うと、尊厳を一時的に失ってしまう可能性があるということです。また、尊厳がないことによって発生する二次災害的な社会問題もあります。

 この推測は、将来のネガティブな可能性について考察であるため、不安を煽るようになってしまっていますが、一方で、ある程度の多くの人々が一斉に職を失う状況になれば安定した職を持っていること自体の価値が薄れる可能性や、また日本人の「みんなと同じなら安心」という特性も後押しして、危惧しているような問題にならない可能性もあると思います。ということを一度述べておきます。

 個人として労働から得られるものとして、生活の確保や労働そのものの楽しさ、人とのコミュニケーションや集団に所属することで得られる社会的欲求の獲得、自信の根拠など多くのものがあります。そして、それが無くなるということはそれを他の何かによって補填する必要があります。それができなければ悩みの原因になり得ます。そのような、生きる意味を労働に預けている人がAIまたはAIを駆使する人に仕事を奪われ、結果として生きる意味を一時的に見失ってしまう問題の対策として、哲学が助けになるのではないかと考えています。もちろん、家族・恋人・友達・趣味などで補填できれば悩まずに済むかもしれません。しかし、それらが不足している人が将来起きるかもわからない問題のために事前にそれらを積極的に獲得するとは考えられません。また、積極的に獲得しようとして容易にそれが達成できるならば、現状の日本が抱えるような尊厳の欠落から生じる問題は起こっていないでしょう。それに、いずれにせよ哲学は人間関係を構築する上でも、人生を歩む上でも役に立つと思っているので、私は哲学を推します。

 また、石橋を叩いて渡る哲学に合わない人のことを考えると、「一時的な何か」とは別に、宗教があると思っています。私には、レベルはともかくとして私なりの哲学を構築したので哲学を推奨しているという背景があります。私自身が無宗教であるため、宗教よりは哲学のほうがよいとは思っていますが、哲学は自分で構築する側面が強く、対して、宗教は他者に構築してもらうという側面が強いと思っています。もちろん両者とも外部から得た情報をもとに自分で思いを巡らせて受け入れるということは変わりませんが、認識における負担は哲学のほうが大きいと思います。そのため、既に哲学を構築している人間が助けるか、宗教のような別の手段を選択する他ないと思います。とにかく、大事なのはできる限り不幸を回避することだと思っています。

 そのために石橋を叩いて渡る哲学が役に立つのであれば著者として嬉しい限りです。そして、これからの時代、哲学ブームのようなものがAIブームと並行してやってくることを心から願っています。

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