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数学検定1級に9歳で最年少合格した少年に会ってきた話

ある日、テレビ局からメールが届いた。内容は要約すると以下の通りだ。

"数学検定1級に9歳で合格した安藤匠吾くんに取材をしているのだが、どうやって勉強したのかと聞くと、あなたのYouTubeチャンネルを愛用しているらしい。番組内でYouTubeの授業動画を使用させて頂けないか"

え・・・、 ほんとに・・・?

数検1級といえば、その試験範囲に大学数学(微分積分・線形代数・確率統計など)を含む、合格率が10%を切ることもある難関試験である。

それを小学4年生の子供が・・・?

冷静なフリをして返信を済ませ、そっと喜びを噛み締めた。自分のYouTubeチャンネル(予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」:通称『ヨビノリ』)は主に大学レベルの数学や物理を扱うチャンネルであり、メインのターゲットはもちろん理系大学生である。

しかし、開設当初から「学校の勉強に満足ができない子に進んだ教材として利用してほしい」という思いがあり、それが想像よりもずっと早く、そしてずっと若い年齢で実現されたのかと思うと感無量だった。

どうやってチャンネルを見つけたのだろう

普段はどのように勉強しているのだろう

今、興味のある分野は何なのだろう

あらゆる点で気になることが多すぎる。自分はすぐに匠吾くんのお母さんに連絡をとった。すると、「匠吾も前々からお会いしてお話をしてみたいと言っていたので、もしよろしければぜひよろしくお願いします」と返事がきた。シンプルに嬉しい。すぐに予定を調整し、プレゼント用に1冊の数学書をカバンにいれ、匠吾くんのいる兵庫県へ向かった。

ここからは、実際にご家庭に訪問させていただいた際の様子である。

家に着いて挨拶をしようとすると、匠吾くんはお父さんの後ろに隠れてしまった。この歳で人見知りをしない方が珍しいし、もうすぐ27歳になる自分ですら、初めて人と会うときは柱の影からしばらくその人を観察して、ベストなタイミングを伺う。諦めて帰る日だってある。さすがにそれは嘘だけど。

少し慣れてきたところで匠吾くんが口にしたのはいくつもの質問だった。

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「この問題集を解いていたら、有効数字が・・・」

「混合気体の蒸気圧の問題を解くとき、モル分率は・・・」

「点電荷に働くクーロン力は・・・」

お気づきだろうか。そう、それは数学ではなく、

高校レベルの化学や物理だ。

何を隠そう、匠吾くんは既に高校レベルの化学や物理に手をつけていたのだ。いや、"ほぼ終えている"という表現の方が正しいだろう。実際に、手元にある問題集は最後の方のページまで自身の解答でいっぱいだった。

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理系用語以外の言葉はそのままの表現でも通じるのだろうか?などと思いながらゆっくりと丁寧に回答していくが、ものすごい精度・速度で吸収していく様子を見て、自分の心配が杞憂だったことに気付く。最終的には、無意識のうちに理系大学生と話しているような口調で会話をしていた

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しかし、今質問を受けているのはたった1冊の「問題集」の内容だ。どのような教科書や参考書を使って勉強したのだろう。そう思って聞いてみると、

「そういうものは持っていない。全部YouTubeを見て勉強した」

とのこと。そもそも物理や化学に興味をもったのも、ヨビノリのおかげだと言うのだ。端的に言って信じられなかった。しかし、勉強部屋にある本棚を見ても確かにそういった本は見当たらない。これが

新時代の天才児

なのかもしれない。いや、その時代を数年先取りしてしまったという方が正しいのだろうか。

そのあとも色々と数学や科学の話をしたのだが、会話をしていて驚いたのがその圧倒的な記憶力である。例えば、大学数学の微分方程式の話をしているときに、突然「力学入門の第4講で言ってた○○〜」「学術ライブの途中で言っていた○○〜」などのように、自分の発言を授業の単元レベルで正確に引用するのである。(後者は1時間以上ある動画)

普通に考えれば「あ、本当に全部見てくれているんだ!嬉しい!」となるところなのだが、その桁外れな能力を前にただただ驚くばかりであり、ときには自身の気に入った授業中の雑談やボケを家族に共有するらしく、それだけはなんとしても食い止めねばと思った。その(悪)影響は謎の創作意欲まで高めてしまったようで、「正四面体の頂点が炭素原子」という高度すぎるボケ(?)まで披露してくれた。これはファボ2万である。

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ご両親いわく、1歳のときには既に物覚えの良さを感じており、小学2年生最大の山場とされる「九九」ですら、幼稚園前にはマスターしてしまっていたらしい。すでに予想できるかもしれないが、匠吾くんの場合は9×9までではない。100×100までである

他にも色々と幼少期の話を聞いたのだが、教室に必要な椅子の個数をかけ算を使って瞬時に求め、幼稚園の先生を驚かせてしまったエピソードが個人的には一番好きだ。

普段、学校の授業中はどうしているの?

と聞くと、意外にも、算数の授業でも「ちゃんと聞いている」らしい。そして、その内容を頭の中で勝手に拡張して遊んでいるという。例えば、「この問題は、線の長さではなく面積にしたらどうなるのだろう」といった感じだ。おそろしい・・・。自分が小学4年生の頃は「でんじゃらすじーさんをいかに机の下でバレずに読むか」で必死だったというのに・・・(だいたい笑いが抑えられず、すぐにバレてしまう"でんじゃらす"なサボり方だった)。

いま、匠吾くんが興味をもっているのは『偏微分方程式』だそうで、大学生でも苦戦する教科書(知っている人向けに言うと"東京大学出版会の偏微分方程式入門")に挑んでいる最中だった。中には難しい言葉や漢字も多いが、そういったものでさえ、匠吾くんはこういった理学書を使って覚えていったらしい(漢字練習帳はメンドクサイから嫌いだそうだ)。

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それでもさすがにスラスラと理解できるわけではなく、「早く偏微分方程式の動画を作ってほしい」とリクエストされてしまった。

しかし、動画の制作スピードが匠吾くんの学習スピードに追いつくとは到底思えなかったので、今取り組んでいるものよりも幾分読みやすい本を紹介してあげることにした。

こういった子にどのような環境を準備してあげることが正解なのか、もちろん自分でも正解は分からないのだが、1対1で3時間ほど話した内容からレベルや興味を推測して、『図書館に連れて行ってもらって、好きなだけ本を読むこと』『海外の教育系YouTubeチャンネルも利用してみること』等のアドバイスをした(他にも色々)。

やはり動画を見るのは好きなようで、英語が分からないのにも関わらず、その場で自分が紹介した海外の数学や物理のチャンネルを食い入るように見ていた。数式や雰囲気などから数学的内容はだいたい理解していたし、英語が聞き取れるようになるのも、きっとあっという間なのだろう。

また、11歳で数検1級に合格した小学5年生の高橋洋翔くんが、すでに数学者と共同で研究(スーパー双子素数について)を行なっていることを例に出し、そういった研究活動にも興味があるか?と聞いたところ、

「やってみたい」

とのことなので、お引き受けしていただける大学の先生などがいたら、ぜひ自分までご連絡をいただきたい(HPからContactのページへ)

小学2年生のときには自由研究で「さまざまな図形の面積について」というテーマで発表したぐらい、自分で考えたことや調べたことを話すのは好きなようである。

このまま行けば、算数や数学のコンテストの賞を総嘗めにするのは想像に難くないが、今の好奇心の高さなどをみるに、そのような枠だけにとらわれない、進んだ研究活動などにも興味をもってほしい、というのが(誠に勝手ながら)個人的な思いである。

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興味があるという手品をいくつか教え(※上の写真はそのときのもの。数学よりもずっと簡単な手品に大苦戦中)、時間も遅くなってきたので駅まで車で送っていただくことになった。

車に乗り込む直前まで偏微分方程式に関する質問を投げかけ、さらには車の中でも教科書を離さず眺めるその姿には、これからも(ニッチだが)ハイレベルな動画を作り続け、さらに成長する匠吾くんにガッカリされないよう、自分自身も勉強を続けていかなければならないと強く感じさせるパワーがあった。

その高まったモチベーションのまま新幹線に乗り込み、今回の話を記事にまとめようとカバンをあけると、そこには匠吾くんにプレゼントするはずだった数学の本の姿があり、自分の記憶力の低レベルぶりにガッカリしてしまった。




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