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誕生日【3分で読める理科ミステリ】

母は台所を慌ただしく右往左往している

父は丸めたポスターを手に取り、ゴルフの素振りをはじめる

もう何年もやっていないはずなのに見事なスイングだ

「みんな、ご飯よ」

母が言った

僕はスマホのゲームを止め、自分の部屋で飼っているメダカに餌をやってからリビングへ向かう

家族みんなで昼食をとる

「5色の料理には、人間に必要なビタミンや繊維質、ミネラルやたんぱく質がしっかりと入ってるんだぞ。残さず食べろよ」

物知りな父は得意げにそう言う

ご飯を食べ終えると、母は少しニコニコしていた

「今日はお父さんの誕生日でしょ?特別にケーキがあるわよ」

そういう言うと母は台所からケーキをもってきた

それは家族の誰かが誕生日のときに必ず食べるケーキで、あまり甘くないが僕は好きだった

さすがに父の歳になると、プレゼントはないらしい

3年前、自分はプレゼントとしてメダカを貰った

そして、僕はここ数日心配していたことを父に聞いた

「お父さん、メダカってどれぐらい生きれるの?最近、何匹か弱ってきているように見えるんだけど…」

「うーん、4年ってとこだな。お前の飼っているメダカはまだ3歳ぐらいなはずだから、寿命には少し早いかもしれん」

僕は罪悪感を覚えた

それを察した父は僕にこう投げかける

「がっかりすることはない。そもそも野生のメダカは2歳ほどまでしか生きない。お前がしっかりとお世話をしてやったから、ここまで生きていられたんだ」

飼われているものとそうでないもので寿命が変わるのか。不思議に思った僕の顔を見た父はこう続けた

「動物には野生寿命と飼育下寿命というものがあってだな、基本的には環境や栄養状態が自然よりもずっと良い飼育下の動物の方が寿命がずっと伸びる。猫なんて10年も平均寿命が伸びたりするんだ」

「じゃあ飼われている方が動物は幸せなんだね」

「うーん…」

父は顔を歪ませた

「それは難しい話だな。ほら、お前も映像か何かで動物園の動物を見たことがあるだろ?あいつらは時折、ずっと同じ行動を繰り返す。熊や虎が同じ場所を行ったり来たりしているのが代表的だな。あれは本来暮らしていた環境との違いによって引き起こされる異常行動の1つで、"常同行動"と呼ばれているものだ。まぁ詰まるところ、自然界で必然的に起こる様々な"変化"が不足しているんだろう」

知らない方が幸せだったかもしれない知識に触れ、僕はゾッとした

「でもな、飼育員さんはそういった状況を改善するべく日々研究を重ね、努力しているんだよ」

「ちょっとあなた達、あんまり暗い話ばかりしないでよ」

少し重くなった雰囲気を母は変えてくれた

「せっかく今日は、お父さんの140歳の誕生日なんだから」

母はそう言うと、食器を食洗機に入れた。同時に部屋の洗浄が始まる

ピピッという電子音がなる。室温が変更された音だ

食後は0.2℃ほど温度を下げた方が人体に良いということで最近国が調整をかけたそうだが、その変化はあまり実感できなかった

僕は嵌め殺しの窓から青空を眺める

母は台所を慌ただしく右往左往している

父は丸めたポスターを手に取り、ゴルフの素振りをはじめる

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