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掌編小説 猫おばさん

猫おばさんと出会った。

猫のようだが、人間のおばさんだと思われた。わたしの母よりは若いくらいだろうか。

中学校の帰りに公園を通り抜けようとしたら、おばさんが裸でうろうろしていたのだった。恥ずかしそうには見えなかった。わたしがお風呂上りに部屋をうろうろしているのと変わりないように見えた。

おばさんは猫のように毛がふさふさと生えているわけではない。さわさわと頼りない産毛だけだ。公園の植え込みのところに、泥のついたオレンジ色の毛布がまるまっているのを見つけた。きっと、これにくるまって寝ているのだろう。おばさんの基地だ。

おばさんは時々食事をもらっているようで、毛布の近くにはお椀がふたつ置いてあった。ひとつには、へりに固くなったごはん粒がついていて、もうひとつには、底の方にうっすらと水がたまっていた。小さな羽虫が一匹浮かんでいた。おばさんに目をやると、離れた花壇の方で、モンシロチョウを追いかけていた。わたしは自分のバッグのなかから、クッキーの包みを開けて、ごはん粒のついている方のお椀に入れた。

公園を通るたびに、その日持っているおやつを入れた。そのうちに、おばさんとの距離が縮まってきた。前の日には後ろの木陰からこちらを見ていたが、その次の日には、並んで顔を見ている。それから、わたしがおばさんの基地のそばを通ると体をすりつけてきた。その瞬間「わっ」と身をひいていた。酸っぱいにおいがした。その日はずっとにおった。

時々、おばさんをいじめている人がいるようだった。腕や脚のところに傷らしきものが見えた。目の上が赤黒く腫れていた。おばさんに近づこうとしたら、おばさんが人間とは思えない速さで、茂みに逃げ込んだ。どうしたらよいかわからなくて「おばさん、おばさん」と呼びかけてみたけれど、こちらをにらみつけたまま出てこなかった。そのままおばさんとは間遠になった。

しばらくして、公園から夜となく昼となく赤ん坊の泣き声がするようになった。おばさんは子どもを産んだらしかった。公園に足を運んでも姿は見えなかった。

おばさんと、おそらくその子どもは、保健所が連れて行ったようだ。わたしは地域の管轄の保健所に電話をかけた。電話口の相手は「担当者に代わるから、待っていて」と言った。

オルゴール調の明るく優しいメロディーが、いつまでも流れつづけている。


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短い小説を書いています。よろしければ、こちらもぜひ。


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