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水無月のプッシュ

 光が少しずつ少しずつ弱くなってゆくのが、海辺を去る人の足音の数でわかります。風の冷たさも、乾いていないシロツメクサの大地も、夜の世界のものなのです。

 サンダルを放り出して冷たい砂に素足を預けます。ザラザラとすり足で歩いて砂浜に軌跡を描いてみれば、何か芸術的な絵になったりしないかしら。

 片足だけの靴がポツンと置いてあって、私はそいつを主題にしてシャッターを切ります。その切り取られた時間の中で、その靴は何か生き物のように見えました。

 これが映画のフィルムの一コマだとしたら、フィルムが次々送られるたびにそいつはバネのように縮んで、そして大きく伸び上がって跳ね上がるような気がしたのです。

 私はそんな空想をして、そして久しぶりに思い切り地面を蹴りたくなりました。

 急いで家に帰るとサンダルを脱ぎ捨て穴の空いたパンツに履き替えると、素足をVANSのボロボロのスリッポンに突っ込んで、そして真っ黒なPennyを持ってドアを肩で開けました。

penny

 外に出て久しぶりに軸足を載せると、少しフラフラしたものの感覚は身体が覚えていて、右足で恐る恐るコンクリートを蹴ると、滑らかなに前へ進み始めます。

 風が後ろへと抜けて行きます。すぐに気分が良くなってきて、右足を思い切り振りかぶって地面に叩きつけると、『ウウゥーッ』とウィールが小さく鳴いて、私もまた風のように夜の誰もいない街を、ひとり吹き抜けます。

 サーっと流れていく景色を見ながら、私の身体はどんどん軽くなって、夜の、6月の終わりの雨で淀んだ海辺の空気の、その上澄みを掬いあげながらまき散らすサメの背ビレのように、夏の気配へ向かって突き進んで行きました。

 プッシュ、プッシュ、プッシュ!

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