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遠き日のマンドリン

 つい先日、従姉妹とその彼氏さんと飲みに行きました。婚約したそうです。おめでたいことですね。そして、その約束の日はたまたま"いいタイミング"だったので、私は代々木にあるとあるお店に2人を誘ったのです。

 そこは本格的なアイリッシュパブで、美味しいギネスにフィッシュ&チップスを異国情緒漂う店内でいただくことが出来るのです。そしてアイリッシュパブといえばセッション。今日はたまたまその日でした。

 みなさんはアイルランド音楽をご存知でしょうか?ケルト音楽と言ったらピンとくるかもしれません。映画タイタニックの中でジャックとローズが踊っている時に流れているアレです。

 アイルランドではお客さんがパブに集まって伝統音楽を演奏する文化があります。お酒片手に楽器を弾いて語り合う。なんだか素敵ですよね。

 実は日本でもアイルランド音楽のセッションは全国で行われています。基本的にはセッションのホストが場所と日時を決めてそこに自由に奏者が集まるような形式です(決められた人たちで行うクローズドセッションもあります)。

 私はこのセッションに参加していたことがあります。5年ほど前のことで、参加したのはたったの2回ほどだったと思います。現在は聴く専門ですし、楽器の練習もまともにしていないので、5年経った今もバリバリビギナーのままです。

 初めて行ったセッションのことはよく覚えています。新調したばかりのフラットマンドリンを背負って電車に揺られているうちにワクワクはドキドキに変わって震える足でパブのドアをくぐりました。

手前左の丸っこいのが私のフラットマンドリン

 初心者の私にもみなさん良くしてくれて色々教えてくれました。私はレパートリーが少ないので(アイリッシュは基本暗譜です。楽譜はありません)たったの数曲しか参加できず、後はギネスを飲んでフィッシュ&チップスをつまんでいました。それでも、ステージの上ではなく日常の片隅で音楽をするということが、とても心地いいものだと私は気づいたのです。もっと曲を覚えてたくさんセッションに参加してやろうと意気込みました。

 しかし、残念ながらこの後すぐにコロナ禍がやって来てセッションはなくなり、練習場所に使っていたカラオケすら営業を停止して、私はアイルランド音楽から遠ざかってしまいました。

🐻

 そして一年くらい前から再びこのパブに出入りするようになりました。もう楽器を持ち込むことはないでしょうが聴いているだけでも十分楽しめます。音楽ってやっぱり良いですね。

 「音楽ってやっぱり良いですね……。」

 隣で飲んでいた彼氏さんが奏者に目を遣ったままポツリと言いました。彼は演奏中食い入るようにフィドルの運指を見ていました。従姉妹も惚けたような顔をして演奏を聴いていました。

 連れて来てよかったなと思いました。彼らは大学のオーケストラサークルで出会ったそうです。奇遇ですが私と妻の出会いも大学の初心者オケでした。

このジャンルではバイオリンと言わずフィドルと言います
アイリッシュフィドル

 アイルランド音楽にはなんというか"プレイヤー魂"をくすぐるような愉快な熱気があるように私は思います。現に隣の未来の音楽好き夫婦も「また楽器やりたい!」だとか「楽器買っちゃおうかな!」なんて話で盛り上がっています。

 彼らのキラキラした目を見ていると5年前の自分を思い出します。彼らと同じ目をした私は、セッションスペースの片隅で知っている曲が演奏されるのを今か今かと待っていました。ハーフパイントのギネスで顔を真っ赤にして。

 彼らと別れて家に帰った後、寝ている妻を起こさないよう小さな音でマンドリンを弾きました。乾いてコロコロした可愛らしい音はまんまるで、窓から見えるのは大きく欠けた三日月でした。

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