ダミアンの桜
私は海をイメージする時、その後ろには朝焼けのピンクと青が混じったどこまでも続く空を思い浮かべます。
私は線香花火をイメージする時、蚊取り線香の匂いと草いきれが溶け込む深い夜の闇を思い浮かべます。
私は桜をイメージする時、夜桜を真っ先に思い浮かべます。
決して桜の名所ではなく、最寄駅から自宅へ向かうような私的な道のりで見つかる一本の桜。街灯の灯りで浮かび上がる白に近い桜色の花はもう散り始めています。
…………。
Instagramに上げる写真を探していました。
直前に投稿した写真が『写真とそれを眺める人』という構図だったので、それに似ている写真を投稿しようとカメラロールを遡っていました。
そして遡ること2022年3月。
『一枚の絵を眺める女性』という似たような構図の写真が見つかりました。
国立新美術館で開催されていた『ダミアン・ハースト 桜』展で撮影したものです。
他の写真にいい写真がないか画面を右にスワイプするつもりが、誤って上に動かしてしまいました。
すると、ヒョンと現れたメモ書き。
当時私が書いたものなのでしょうが、すっかり記憶にありません。
メモ書きを読むと、ふと作品を鑑賞した当時のささやかな感動が蘇ってきます。
たしか、夜勤明けで眠たい目をこすりながら職場からとぼとぼ歩いて美術館へ向かったのでした。まだ桜は開花していなくて、それでもとにかく桜が観たかったんだと思います。
私は冬、とても弱ります。
冬季うつというやつでしょうか。
「人間も、冬は弱っていかんからな。」
好きな漫画。漆原友紀さんの「蟲師」のとあるエピソードで主人公がボソッと口にする台詞です。
何故か毎年冬になるとこの言葉が浮かんで、胸に沁みてゆきます。
暗い気持ちから解放されたくて、ひと足先に春を、桜を求めてやってきた企画展。
それは正解でした。
大きなキャンバスに描かれた満開の桜たち。それはどれも圧巻で、私の心のモヤモヤは春疾風がビュンッとさらっていきました。
作品案内を手に展示室を回っていると、ふと気になるタイトルのものがありその作品の前で足をとめました。
夜桜。
私にはそれがどう見ても夜桜には見えませんでした。桜の後ろの空は淡い水色。春の昼間の空の色です。どうしてこれが夜桜なのでしょうか。
ダミアンは、『〈桜〉は快晴の空を背にして満開に咲き誇る一本の木だ。』とインタビューで述べています。
つまりダミアンにとって〈桜〉は、それだけではなくその背後に見える快晴の青空まで含むイメージすべてであるということなのでしょう。
すごく力強い。
パワフルで生命力に満ち満ちている。
ホルマリン漬けのサメに代表されるように、ダミアンの作品は〈死〉の側面から〈生〉を描くものが多かったから、この〈生〉のエネルギーに溢れた〈桜〉たちはピュアでストレートでより輝いて見えました。
私はこの時ダミアンの桜に、少なくともスマホの写真にメモを残すくらいには感動して救われたのでしょうね。
…………。
さて、今年の桜は予報では今日開花するはずだったのですが……。
一体どうしちゃったのでしょう。
どうか早く咲いておくれ。
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