見出し画像

エアコンで風邪をひく

閉店まで残り30分というところで銭湯に入る。
下町の風情ある銭湯で、終わる頃には常連さんだらけ。

勢いよく髪を洗って、体を洗って、湯船に向かう。
腰の曲がった年配の常連さんに笑顔で話しかけられる。

「こっち入りなよ」

ここの銭湯の湯船は細かくいうと2種類ある。長方形の5分の3は普通の湯船で、残りの5分の2は腰に当たるジャグジー。
その狭いところに彼女はいて、こっちに入りなさいという。

受け身な私はソソソと滑り込むようにして入る。

すると顔を近づけてじっと目を見つめて、ちょっと溜めた後に口を開いた。
「風邪ひいちまったよ。クーラーで。自分家だったら調整できるけど、他じゃそうはいかないわな」
「あー、クーラーって体冷えますよね。」
「ベローチェ」
「え?」
「あそこのベローチェの1階、寒いんだよ」

そう言って彼女は湯船を出た。
もう一人の常連さんは「時間があっという間に過ぎる」と話していた。

閉店間際の脱衣所であの年配の女性は別の常連さんにも、クーラーで腰がやられる。冷えが悪いんだよと言った話をしていた。

その女性の口元にはちょっと長めの白い毛が1本伸びている。
冷えるという話を聞きながら、瑞々しくきらりと光る白い毛が気になってしまっていたのはここだけの話。


2024年7月4日採集