見出し画像

芸大で写真を学ぶ方へのおすすめ本

はじめに


芸術大学にて写真を学ぶ方(入学を検討中の方、在学中の方)へ、小生が現在まで読んだなかからお勧めできる本を紹介します。
あくまで読んだなかからですので、写真をテーマとした本すべてを網羅しているわけではございません。
また、芸大での写真という観点からアート一般(基礎的なもの)も併せて紹介いたします。理由としては、写真を学ぶためとはいえ、せっかく芸大に入ったんだから美術史一般は抑えておいてもよいのではないかと思います…(あくまで個人の見解です)。たとえば、写真技術の発明によるアートシーンの変化、シュールレアリスムと写真との関係など写真史と美術史との関係を把握することは、写真を学ぶ上で無駄ではないと思います。

あの本がリストアップされていないという感想をお持ちになる方がいらっしゃるかもしれませんが、あくまで個人的選択ですのであしからずご承知おきください…(なお写真集は含みません)
小生は、京都造形芸術大学(旧名)、通信教育部、美術科写真コースに2017年に入学、2020年度に卒業しました。入学から現在までで読んだ本を選定範囲とします。
参考までにおすすめ度を★/☆(5点満点)で記載しました。(くどいですがあくまで所感です)

写真関連のおすすめ本


「現代写真論 新板 コンテンポラリーアートとしての写真のゆくえ」


(シャーロット・コットン著、晶文社、2016/1/16)
★★★★★
テーマごとに作家、作例がまとめられている。タイトル通り比較的現代よりの作品、作家を扱う。古典よりな作家を学ぶより現代作家を知るほうが、今・これから写真を学ぶ方には効果的かもしれません。とにかく作家名の掲載量が多く、ここで知った作家を深堀りするのも一考と思います。
小生はこの本に掲載の作家、作品をアーカイブし多くを知った’つもり’です。(小生が購入したときは3200円税別だったが、大幅に値上がりしている様子…)

「<パリ写真>の世紀」


(今橋映子著、白水社、2003/6/10)
★★★★☆
タイトル通りパリを舞台とした作家についての論考であり、同時代のアメリカ作家などは対象外となる。扱う作家はアジェ、クルル、ケルテス、ブラッサイ、ドアノー、イジス、エルスケン、ブレッソン、クライン、ホーヴァット。そこに詩人プレヴェール、サンドラールらを併置して読み解いていきます。
写真集装丁の詳細なども与し、作家各々の出自と時代背景を正確に章立てて、きれいに終章へまとまる。なにより、各作家ごとの資料調査が精緻であり、写真関連の本でこれほど説得力のあるものを他に知りません。
ほかの点では、ウジェーヌ・アジェ、アンリ・カルティエ=ブレッソンについては他書との見解が異なり、当本を参照したほうがよさそうに思えます。絶版本だが入手可能。

「たのしい写真 よい子のための写真教室」


(ホンマタカシ著、平凡社、2009/5/1)
★★★☆☆
アーティストである著者が写真のとり方で与える印象の違いなどを作例、体系図含めて説明されていてわかりやすい。初期に読むのがおすすめだと思います。

「写真を<読む>視点」


(小林美香著、青弓社、2005/7/1)
★★★☆☆
著者は写真批評家。写真史、作家が作品で表現してきたことなどの‘概要’がわかりやすい。ボリュームも大きくなく、作例も結構乗っているので、初期に読むには良いと思います。単行本としては絶版かもしれない…中古品、Kindleでは入手可能と思います。

「写真の理論」


(甲斐義明編訳、月曜社、2017/10/20)
★★★☆☆
キュレーター、批評家、作家などの論考を5 編が掲載されています。いずれも難しいですが、巻末に訳者の解説がていねいに、多めにあるので参照すると読めると思います。アートフィールドで写真が如何に扱われるか(どう見られるか)、何を(どこを)目指すか、みたいなことに対するそれぞれの考えをちょっとつまめます。

「他者の苦痛へのまなざし」


スーザン・ソンタグ著、みすず書房、2003/7/9)
★★★★☆
著者は批評家、作家(写真ではない)。とくに戦争報道での写真の扱われ方を論考したものだが、メディア論として扱われているよう。写真関連に限らず様々な本で参考文献として見かける。スーザン・ソンタグには「写真論」もあります(一般には「写真論」のほうが有名)が、こちらのほうが新しく一部内容ではupdate版のような感じです。
*写真についての論考についてはスーザン・ソンタグ、ヴァルター・ベンヤミン(後述)、ロラン・バルト(本校での選定はなし、「明るい部屋」が有名)などの思想家をよく目にします。ご興味とお時間のある方は、他書を読んでみるのもいいかもしれません。ただし、多くの時間を要するかもしれません…

「写真の哲学のために」


(ヴィレム・フルッサー著、勁草書房、1999/2/1)
★★☆☆☆
哲学者によるメディア論考であり難しい…。解説がわかりやすいので先にこちらを読んでもいいと思う。画像と(今後の)社会の関係性みたいのものを考える。‘コード(化)’という言葉は他分野でも出てくるが、本書が初出かもしれない(未確認です)。
コンテンポラリーアートとしての写真(またはコンテンポラリーアートそのもの)については'コード/コード化'というキーワードを多く目にします(2023/3時点)。そのあたりを参照したとお考えの場合には、本書が基礎的な存在になると思います。

「ベンヤミンコレクション1 近代の意味」


(ヴァルター・ベンヤミン著、筑摩書房、1995/6/1)
★★★☆☆
思想家・批評家であり、芸術(写真含む)に関する論述も多い。ベンヤミンの本はたくさんありますが、これには「写真小史」、「複製技術時代の芸術作品」が収められており、おすすめです。ベンヤミンの叙述は参考文献としても多く扱われているので、一読しておくのはいいかと思います。ただし、ちょっととっつきにくいかもしれません…。‘アウラ’を定義(?)(「複製技術時代の芸術作品」)した人としても有名(諸説あり?)。
写真についてだけ参照したい方には「図説 写真小史」(筑摩書房、1998/4/9)をおすすめします。こちらのほうが作例が多く掲載されているので、もしかしたら「ベンヤミンコレクション~」(作例掲載なし)より有用かもしれません。
※余談ですが、パウル・クレー作品(アート初心者にはやや難解な作品..)についてのベンヤミンのコメントは秀逸で且つ作品批評としても有名です。本件は「ベンヤミンコレクション1」に収められています。

アート一般(基礎的なもの)のおすすめ本


「常識として知っておきたい「美」の概念 60」


★★★☆☆
(城一夫著、パイインターナショナル、2012/3/30)
美術史一般の系譜をざっと見るには適材と思います。西洋編ではポストモダンまで、日本編では7萌え'まで収録されています。(おおよそ)有史以来の芸術の系譜を概観することができます。
'アート史基礎'的な本はほかにもあるかもしれませんが、とりあえずこれで…。

「増補新装 カラー版20世紀の美術」


(末永照和監修、美術出版社、2013/8/9)
★★★☆☆
前述の「常識として知っておきたい「美」の概念 60」は美術史全般を網羅したものですが、本書は20世紀以降に焦点を当てたものです。掲載作例が多く、近・現代アートを知る基本編として良いと思います。
現代アートでは写真メディウムを扱うものも多くあるので参考になるかと思います。巻末に系統図があり、わかりやすい。小生が読んだのは増補版ではないので増補新装版としてどこまでupdate されているかはわかりません…。

「みんなの現代アート──大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために」


(グレイソン・ペリー著、フィルムアート社、2021/8/26)
★★★★☆
自身が苦労してようやく売れるようになった(著者は、陶芸作品のアーティスト)アート界(陶芸:工芸はアート:芸術作品と区分されてきた長い歴史があります)を揶揄しながら真剣に語りかけるかなり面白い本です(一気に読めると思います)。
「アートというものは存在しない。アーティストがいるだけだ」、アート写真の定義は「高さ2m以上、価格が五桁以上」、「それ、'何でも'という傘の下に入っているだけでそんなに新しくないよ」、アート作品とは「熟考もしくは理解を促す可能性をもつもの」、「...一貫性と誠意、真正さを宿していること―は作品をつくるため、すべてのアーティストに必要な素質だ」。
著者は現在(読了時点)国立ロンドン芸術大学理事を務め、異装者(女性ファッションを纏い、メイクをする)でもあります。英アート界は捨てたもんじゃない。

「なぜ、これがアートなの?」


(アメリア・アレナス著、淡交社、1998/2/1)
★★★★☆
アートへの経験、知識をお持ちの方には前述紹介を含めてご不要かと思いますが、小生にとっては当初わからないことだらけでした。当時このような本からはいっていれば間口が大きく開いたような気がします。著者は元ニューヨーク近代美術館のエデュケーター。近現代のアートを作例をもとに紹介していき、掲載される作品のチョイスがよいと思う。作家がなにを伝えたいのか(みせたいのか)、というよりはどのように感じられるか(体感しうるか)を後半の論旨に置いて解きほぐされます(それは時代変遷に依る)。「なぜ、これがアートなの?」とはつまり、アートの意義(または定義)に触れさせようとしてくれる本です。
アート界上層部(資本、政治、美術館)による必要条件のトップダウンではなく、作家が取組んできた実態のほうに主眼を置いた鑑賞者目線の仕上がりです。文中で説明される作品写真のディテールが判別困難なことが残念だけれども良本です。


あとがき


アートを学ぼうとする、また写真を学ぼうとする志に敬意をはらいたいと思います。
今日一般に正確な伝達を目的とする場合に、文字が中心的に活用されますが、それは文字がいかに有効な発明であったかを表す現象であるとみることができる反面、図像、具象表現など記述以外の表現領域が文字に置き換えられたともみることができるかもしれません。けれども、視覚表現(視覚芸術)のあたえる身体的反応(脳や心の動きなど)は文学、詩などの記述表現、または音楽などに限定されるものではありません。文字を発明する以前のヒトが壁面に図像を描いたことは、(その目的はいまだ想像の範囲内ですが)後世への記録というよりもむしろ生命活動のあらわしを衝動させる何かがあったからだろうとも思います。
人間の芸術活動については語りつくせないとは思いますが、ハンナ・アレントは、「芸術作品の直接の源泉は、人間の思考能力である。(…)世界に開かれ多弁な人間能力は、高められ、自己の内部に閉じ込められていた熱情的な激しさを世界の中に解き放つ。」(『人間の条件』、ちくま学芸文庫)と記します。生来的な人間の活動に勤しまんとする選択に敬意をはらい、思考し・手を動かして創作する価値を楽しんでいただきたいと思います。そしてそれらを具現化するための学び舎であることをいまも期待します。在学当時を思い出しながら、この言葉にあらためて共感するものです。「面白いことはすべて、道の途中で起こる。」(ティム・インゴルド『ラインズ』、左右社)

ここに記載した中からご興味を持ったものから手に取ることが何よりと思います(おすすめ度は気にしないでください)。
そして世界の数多の知見は、当然のことながらここに収まる程度ではありませんし、小生の読んだものはその中のほんの僅かです。今後も多くの良著が出版されることでしょうし、知りたいことは尽きないと思います。みなさまの今後のご自身なりの活動、ご活躍を祈念いたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?