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「アナロジア ――AIの次に来るもの」(ジョージ・ダイソン著、服部桂監訳・橋本大也訳、早川書房)

読了日: 2023/8/18

 アナログ、アナロジア…アナロギア(ギリシア語で比例の意:本書解説参照)をタイトルとする意図は、デジタル現代を批判的に扱おうとするものかもしれない。いま・現実を批判的に疑う意識は、哲学的な営みでデカルトにより明文化(コギト・エルゴ・スム)された過去をわれわれはもっている(けれども現実に経験はしていない)。

 "デジタル"ということばから連想する用語はいくつもありそうだが、"アナログ"ということばから連想する用語はそれほど多くはなさそうで、おそらく多くの人にとって対比的に連想される"デジタル"であるかもしれない。
 アナログ/デジタルの対比性からもアナログは、古きもの、現代では顧みられない歴史的遺産とも捉えれがちだろうけれど、40代以降のエンジニアであれば、現代のデジタル技術の多くはアナログ技術、およびその解析の上に確立されていることをご存じであろう。
 アナログの語感を伴うタイトルからは、デジタル至上主義の現代視点から過去の栄光を掘り起こそうとするものかと推測されそうだが、著者は拙速に論理構成をわたしたちに卸してはくれません。一見肩透かしのような、本書の構成自体が魅力であり、読ませる醍醐味だと思います。

 さて、現代が浸るデジタルとかつてのアナログの技術的(電気・電子、産業、論理構成の優越など)が本書序盤の扉を押し開けるのかと思いきや、ピョートル大帝へのゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(1646-1716)の提案からはじまる。(第0章)
 ライプニッツの提言によりロシア探検隊(第1陣)がカムチャッカ、および以西を目指し、現アラスカ~カナダの原住民と遭遇した事実が歴史書(参考文献)に記された。以降の章立ても人間の辿った産業先進国とオルタナティブな文明との遭遇と不遇を線上の歴史(不可逆的)に沿って描かれてゆく。
 アナログ/デジタルに対するうっすらとした認識(もしくは双方への危うい概念)へのテーゼを想定されていた小生は、冒頭から足元をすくわれるというか、虚をくわされたかのように感じる。読者の想定とは所詮そんなもので当てにならない、あるいは予測(または予感)の根源となっている経験としての知識(わたしたちが知識や情報といって譲らない類のもの)は、著者の勇気と"一般"を嘲る(とも思ったところで何も失わない心地よいセンス)態度としての紙面に染み込んでゆくようだ。この時点でのその予感は疑わないほうが、海面は凪として、思考の旅を緩やかに船首を向かうべき方向に進めてくれそうだ。

 監訳者は、あとがきにて著者の辿った人生と家庭環境からの推測などにより、あくまでもデジタル vs アナログ路線の解釈をサポートしようとするが、本書の終盤章でそれほど明確な提案が明記されるわけではなく、凪のうえをゆらゆらと偕をこいでゆくようだ。
 長時間にわたって偕をこぐことは、不慣れな身体には体力を要することだ。けれども本書の構成は徐々に身体を慣らしてくれるように、あたまを慣らしていってくれる。カヤックにたてられた帆にあたる風を著者が吹いてくれている、といってもいいかも知れない。(とはいえ、数論や技術発展への一般知識はあった方が良いかもしれない。また、開拓セクションでは地図の付記があればよかったと思う)

 デジタルは非連続体、アナログは連続体として把握することができるとして(本書より)、連続的なわれわれ人類の連綿とした試行錯誤に重きを置いたうえで、反省すべき歴史的な理不尽な事実へ焦点を合わそうと促してくれる。自意識的な感覚器官の調整は、デジタル主義、あるいは慣れ親しんでいる現世(眼前の世界)へのアンチテーゼ的な目的地を示そうとしてくれているではないだろうか。
 バイナリ、サスティナブル、エシカルなど、どれだけカタカナを並べたところで人類史的な課題(仮にそういったものが実在するとして)に対してデジタルな解をテーブルに載せられるのだろうか?検討に値する論理は、あいまいさを許容する連続体の部分集合としてのアナログ(コンピューティング)であろうとする。そして著者の母親ヴェレーナ・フーバー・ダイソンは群論の研究者であった。

 いまここで生きいる私たちの個別な人生価値は、すでにそれほど羽ばたかないと想定したとしてもそれほど嘆くことはないだろう。後世(子ども、孫、あるいは名前を知りようのない若きポテンシャル)へ私たちは何を貢献できるのだろうか。少なくとも"SDGs"の提唱と、不確かな目標への行動実績(所詮、自己申告)ではないはずだ。
 職業として二進数を目の当たりにする方々だけではなく、自身の意図/非意図的を問わず、生物的なヒトの価値を如何に示すかは、その足元こそが問われるべきかもしれない。そんなことをワサワサと心をまさぐってくれる良著と思いました。


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