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アンフォールドザワールド 6

 一時間目の授業中だというのに、私たちは放送室に呼び出されていた。放送部顧問の本城先生は、私とちかこのことを疑いの目で見ている。
「なあ三好、本当のことを教えて欲しいと言っているんだ」
「だからあ、なんどもゆったじゃないすか。ほのかが三階の窓から落ちたんじゃないかと思って、校庭を見に行ったら、水色の髪で銀色の服を着た男子が穴の中に落っこちてたんですよ」
「警察に捜索願が出されたんだぞ。仲谷は昨晩、自宅に戻ってない。三好の言っていることを信じていいのか? 結城」
「そうですね。きずな先輩の言うことは全て事実です」
「なんでちかこに確認するんだよ。私、嘘ついてないのに!」
「三好には前科があるだろう。一年生のとき、仲谷が中学校から抜け出すのに協力したよな?」
 机を挟んだ向かい側に座った本城先生は、落ち着いた口調で私のことを問いただす。
「うっ、あれは、ほのかが追っかけてるアイドルが、近所でロケをやってるからって懇願されて」
「あのとき、『ほのかは保健室で休んでます』なんて嘘をついたな。覚えてるか」
「……覚えてます」
「保健室に制服を着た骨格標本が眠っていたとかいう七不思議の一つは、きずな先輩たちの仕業だったのですか。もしかして」
「まじで?  あの替え玉事件って、七不思議になってんの? すげえ」
「まんざらでもなさそうな顔をするんじゃない、三好」
 本城先生が軽くテーブルを叩く。
「ともかく、仲谷の無断外泊を庇っているのなら、それはそれで問題だが、俺としてはまだ安心できるんだ」
「庇ってないですってば」
「彼氏のうちに泊まっているのなら、少なくとも身の危険はないだろうし」
 本音を漏らすように、本城先生はため息をつく。
「ほのかって彼氏いたか?」
「告白されるはしから断っているようですね。今月に入ってから四人は斬り捨てました」
「ストーカーに連れ去られたとかじゃないだろうな」
「連れ去ったとしたらあいつだって。イチゴなんとか」
 しばらく考えて、本城先生は手帳に『いちご』と書き込む。それからもう一度、深いため息をつく。
「わかった。二人とも教室に戻っていいぞ。まあ、二年一組は自習中みたいだけど。担任の先生には俺から再度事情を説明しておく」
 そう言い残し、彼は重い足取りで放送室から出て行った。

「本城先生で良かったですね。事情聴取」
「本城先生ならまだなんぼか話が通じるからなあ。担任はだめだ。あいつ、人の話なんか聞く気ねーし」
「それを自覚していて、本城先生に任せたのでしょうか」
「校長命令かなんかじゃねーの。てゆうかちかこ、教室に戻らなくていいのか」
 私の質問を無視して、ちかこは放送室のモニタにビデオカメラを接続する。
「一昨日撮影したムービーを、見ていただきたいのです」
「そういや、昨日はなんだかんだで見損ねたな」

 棚に埋め込まれた中型のモニタに、二匹のキリンとほのかの姿が映しだされる。
「あれ? なんかへんなのが映ってないか」
「はい、映っています」
『私たちはー、いまー、動物園に来ていまーす』
 モニタ越しに、間延びしたほのかの声が聞こえてくる。そのほのかの周囲がハレーションを起こしたように、ほんの少しだけ光って見えるのだ。
『で、出てきてるみたいですが。なにか』
『いやああああああああああっっ! うわああっあっ!!』
「ううっ」
 一昨日見た、グロテスクな光景は、そのまま動画に記録されていた。画面がズームする。手ブレとボケでいまいちよく見えないけれど、灰色の霧に包まれた異形の化物が、雌キリンの腹を突き破り生まれ落ちる。
『おっ、女の子がいる。しかも三人も。三人ともかわいいね。何歳?』
 イチゴ・クラウドイーターは、間違いなくそこに映っていた。
「やっぱ、あからさまに怪しいだろ。本城先生にこの動画を見せた方が信じてもらえたかな」
「消える瞬間は撮影できていません。ただのコスプレ男だと思われる可能性もありますね」
「うーん」
「で、この動画はここで終わりなのですが、少し前に戻って」
 カメラを操作して、ちかこが動画を早戻しする。
『左側の背景にキリンの夫婦を入れています』
『おっ、ばっちりばっちり』
 三脚に設置されたままのカメラに、私とちかこが撮影前の打ち合わせをする様子が録画されていた。
「こんなとこまで撮ってたんだ、ちかこ」
「はい。メイキング映像が必要になる場合もあろうかと思いまして」
「周到だなあ」
 姿は映っていないけれど、映像にほのかの声が入ってくる。モニタの中の私が、こちら側を向く。
『きずなちゃんはー、天才だもんねえ』
『そう、私は天才だし! 目指せ、七十億PV!』
 振り上げた私の拳を合図にしたようなタイミングで、唐突に、上から光のつぶてが降ってくる。芝生に跳ね返り、音もなく爆発四散し、画面が一瞬にしてホワイトアウトする。
「えっ、こんな光、一昨日は見なかったぞ……?」
 露出の狂ったカメラが、私たちを映し出そうとオートで画質を調整している。画面が夕暮れどきのように暗くなる。私とちかこの身体は、なぜだか虹色に発光していた。そしてその周囲では、時計の文字盤のような模様が、くるくると回っている。
「魔方陣のようですね。まるで」
「わかった! これ、ちかこが合成かなんかしたんだろ」
「こんなCGを作る技術は私にはありません。さすがに」
「ええー、じゃあこれは一体なんなんだ」
 映像はゆっくりと昼間の明るさを取り戻し、私たちを包む光はほぼ見えなくなる。少しだけ、光のすじが残っただけだった。

7につづく

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