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アンフォールドザワールド 7

 ほのかが戻ってこないことは心配だった。だけど、だれかに連れ去られたところを見たわけでもないし、ふらりと興味を惹かれる方へ行ってしまっただけで、またすぐに戻ってくるんじゃないか、なんて思っていた。先生たちもどこかしら楽観的というか、最悪の事態を想定することを避けているように見える。
「大人たちからは、思春期女子にありがちな家出や夜遊びの類だと思われていますね。おそらく」
「ほのかもわりと、そういうところがあるからなあ」
「ほのか先輩が家出をするように見えますか?」
「親に反発して、とかじゃなくてさあ。楽しそうなことを追っかけてたら、うっかり二、三日経ってたって言いそうだよ」
 中学校の校庭を出て、バス通りに向かって歩く。ちかこは右手にカメラを構えている。
「なに撮ってんだ?」
「決定的瞬間を撮り損ねることが続きましたので、常にカメラを構えておくことにしました」
「そんな、フツーに下校してるだけで、決定的瞬間なんて……」

 キキーッ!
 バス通りの交差点で、運送会社のトラックが急ブレーキを踏む。
「あっ!」
 歩車分離式交差点で、歩行者用信号の全てが赤だった。その中心付近に、黒猫が飛び出してきていた。大型のトラックは停止しきれず、黒猫を轢きそうになる。そのとき、
「ナニガシ、みーっけた!」
 私とちかこのあいだを、銀色に輝く風が通り抜けた。それは猛スピードでトラックの真正面に向かっていく。
「どおおおっせーい!!」
「イチゴっ……?」
 銀色の服を着た男子が、前輪の間に潜り込み、トラックを背負うように持ち上げる。
「あれは、十トントラックですよね……」
 私たちは呆然と、その様を見上げていた。急ブレーキで止まりきれなかったトラックが、そのまま彼に持ち上げられ、放物線を描き、交差点を飛んだのだ。水色の髪をなびかせて、走り幅跳びのように、彼は宙を舞う。背中には十トントラックを背負って。
 ずしん、と重い音がして、トラックが車道に下ろされる。信号待ちをしていた人々がざわつき、後続車は慌てて車を停める
「あっ、こらまて、ナニガシ!」
 逃げ出した黒猫を追って、彼はバス通りを横切り、マンションのあいだを抜けていく。歩車分離信号が青になったのをきっかけに、私たちもその後を追う。
「いま、飛んだよな? 俺のトラック飛んだよな?」
 トラックから降りてきた運転手が、通行人を問い詰める声が聞こえる。

 少し歩いたところの、マンション脇の静かな緑道に、彼はうつ伏せに倒れていた。
「おい、大丈夫か……?」
 ちかこはカメラを構えたまま、銀色の背中を撮り続けている。私はしゃがみこみ、彼の顔を覗き込む。
「お……なかすい……た……」
「はあ?」
「……もうだめだ。おなかすいて死ぬ。……もうここで死ぬんだ」
「こいつ、お腹空いたとか言ってるぞ」
「なにも持ち合わせがありません、あいにく」
「なんだよもう、なんなんだよこいつは」
 周囲を見渡しても、人の姿はなかった。緑道を抜けたところにコンビニの看板が見える。
「しょうがないなあ」
 私は制服のポケットに財布が入っていることを確認し、コンビニに向かった。

 彼は緑道のベンチに座り、コンビニで買ってきたおにぎりや惣菜を貪るように食べた。
「うまーっ! これ、うまいね! なんて食べ物!?」
「唐揚げだけど」
「からあげ! からあげうまい! この白と黒のカタマリもうまい!」
 鮭おにぎりを口の中に押し込む様を、ちかこは無表情で撮影しつづけている。
「米も知らないのか。なにものなんだ、あんたは」
「からあげ、いくらで買える?」
「これは二百円ちょっとだったかな」
「にひゃくえんかー、どんくらい働けば稼げるのかな。からあげうまい。もっと食べたい」
「通貨や労働の概念は持っているようですね。一応」
「苦い! この水苦い!」
「あ、その缶コーヒーブラックだったのか」
「ナニガシ、逃しちゃったなー。まあいいか。からあげ食べられたし。ありがとう、えっーと」
 彼が満足気な笑みで、私のことを見上げる。
「顔に米粒ついてるぞ」
「えっと、ところで君だれ?」
「はあ? こないだ自分で名前尋ねたんだろ。覚えろよ。三好きずな」
「結城ちかこです」
「えー? 知らない。どっちも知らない」
「自分から名乗ったんじゃないか。イチゴなんとかって」
 一瞬、きょとんとした表情で、それから納得したかのように彼は笑う。
「そっかー、イチゴに会ったんだ。俺はねえ、俺はイチゴじゃないよー」
「え?」
「俺は、フータ・クラウドイーター。十五歳だよ」
 イチゴと全く同じ姿形のそいつは、 頬に米粒をつけたまま、にこやかに答えた。

8へつづく

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