見出し画像

アンフォールドザワールド 18

18

 陽は暮れかけて、空は橙色に染まっていた。橋の上や対岸からは、まだ数人がスマートフォンを掲げ、こちらを撮影している。
 ほのかはしゃがんで、足元にいた黒猫を抱き上げる。
「えー、普通の猫ちゃんだと思うけどー。ねえ?」
「ニャーン」
 黒猫はほのかの胸に耳を摺り寄せ、甘えている。黒く艷やかな毛と、赤い目。尻尾がやたら膨らんでギザキザしているところ以外は、ほのかの言うように、ごく普通の猫に見えた。
「かわいいね。俺にも抱っこさせて」
「いいよー、えっと、フータくん?」
「俺、イチゴだけどね」
 イチゴが手を伸ばす、黒猫はちょっと嫌そうな顔をしながらも、しぶしぶイチゴの腕に抱かれる。
「ナニガシ捕獲っ!!」
「ニャッ!?」
 イチゴが黒猫の首根っこを捕まえ、ぶら下げる。
「これでミッションコンプリートか。やっと終われるな」
 ミッチが安堵のため息をつく。
「その黒猫は本当にナニガシなのですか」
「きずなちゃんのノートから出てきたナニガシだよー。よかったねえ、きずなちゃん」
「えっ、じゃあ、私の処女作は戻ってくるの?」
「ニャー、ニャーッ!」

 報道陣が様子を窺いながら、私たちの元に近づいてきていた。
「なんか、でっかい武器を担いだ人たちが、こっちを狙ってるけどー、この町で騒ぎを起こしたから怒ってんのかなー?」
「あれはマスコミのカメラですね。地元のテレビ局でしょうか」
「カメラ? あんなに大きいのが?」
 ちかこの説明に、ミッチは怪訝そうな顔をする。
「やだー。ほのか制服のままなのにー。逃げよ?」
「あんたたち、テレビに映ったら困るんじゃねーの? すげーたくさんの人が見るぞ」
「うーん、それはめんどくさいなー」
「仕方がない、データを抜いてくるか。イチゴ、ナニガシを逃さないように場所を移動してくれ。殺すんじゃないぞ」
「逃げたら殺すけど?」
「ニャーン……」
 イチゴが顔を覗きこむと、黒猫は怯えて身をすくめる。

 ミッチがマスコミに詰め寄っているうちに、私たちは青紫川から少し離れた公園に走って移動した。空が夜の色になり始めていた。数人いた小学生たちも、公園を出て家に帰っていく。
「きずな先輩、まだ匂いますね」
「なんか体もベタベタするし。やだなあ」
 ナニガシの肉塊が、体のあちこちに貼り付いていた。早く家に帰って風呂に入りたいと思う。
「みっしょんこんぷりーとしたら、イチゴくんたちはどうするの? 帰っちゃうの?」
「うん」
 ほのかの質問に、イチゴは寂しげに微笑んでから目を伏せる。
「この世界、けっこー面白かった。おいしいものもいっぱいあるし。でも、ちょっと長くいすぎちゃったねえ」
「また、こっちに来たりすんの?」
「きずなは、俺にまた来て欲しい?」
「別に」
 私がそう答えると、イチゴは期待通りといった風情で笑う。
「待たせたな。撮影されたデータの件は穏便に解決してきた」
 空中からいきなりミッチが現れる。指先に挟んだカセットとカードを見て、ちかこは自分のカメラをそっとトートバッグの中に隠す。

「ナニガシが奪ったエネルギーを出現ポイントに返還し、本体をハニカムユニバース壁内に転送する。きずな、ノートを提出してくれ」
「うん! あれ……?」
「どうした?」
「私のバッグがない」
 武器にしていたピンク色のノートは、ずっと右手に持ったままだった。ナニガシが出現した水色のノートは、どこにいったのだろう。
「どこかに忘れてきた?」
「リバーサイドモールの中にいるときには、きずな先輩はバッグを持っていましたが」
「巨大ナニガシの中……? もしくは青紫川の中に落ちたか」
「えー? じゃあ、ナニガシを転送できないよー」
「しょうがない。殺すか」
「ニャーン!」
 どこかにバッグを置いてきた記憶はなかった。川岸に上がったときにはもう持っていなかった気がする。やはり、川の中に落としてきたのだろう。
「そいつを殺したら、私のノートから出て行ったエネルギーはどうなるんだ?」
「戻ってこないよ」
「だめだ! 私の処女作!」
「この世界で実体を結んでいるから、俺らの世界にナニガシを連れていくこともできないしな」
「たいした力もなさそうだし、このまま置いてく? マスタに叱られちゃうなー。殺した方が安全だとは思うけど、どっちにしろマスタには叱られる」
「だめ!」
「ニャーン」
 黒猫の姿をしたナニガシが、イチゴの手をすり抜け、私のそばによってくる。

「仕方がない。水没したノートが見つかるまでこのまま生かしておこう。ただ一つ問題がある」
「あー、そうか。好餌かー」
「問題?」
「えっとねえ、きずなちゃんたちが浴びた好餌って、厳密には餌というより、ナニガシが好むフェロモンみたいなのを発生する『装置』なんだよねー」
 フータとミッチが説明しているそばで、なぜだかイチゴが少し嬉しそうな顔をしている。
「人間には見えない微細な装置が無数に付着し、そこから好餌を発散しているんだ。その全機にプログラムを実装してあるのだが」
「停止条件は『この世界に出現したナニガシ全ての転送、もしくは殺傷処分』だったよね」
 イチゴが話に割って入ってくる。
「うーん? つまりー、どういうことなの?」
「こいつを転送するか殺すまでは、君たち三人から好餌が消えないってこと」
「殺したらだめってゆってるだろ!」
「殺さないよ、かわいそうだしね」
「ニャー?」
「イチゴ、なんでそんなに嬉しそうなんだ」
 イチゴは猫形ナニガシを抱き上げ、不穏な笑みを浮かべながら、そっと背中を撫でた。


19へつづく

1から読む

ここから先は

0字
明るく楽しく激しい、セルフパブリッシング・エンターテインメント・SFマガジン。気鋭の作家が集まって、一筆入魂の作品をお届けします。 月一回以上更新。筆が進めば週刊もあるかも!? ぜひ定期購読お願いします。

2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?