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アンフォールドザワールド 19

19

 リバーサイドモールに出現した『謎の巨大生物』は、SNSや動画サイトに投稿され、ニュースにも空撮映像が流れた。だが、一時的に話題になったものの、数日でインターネットのホットワードからも姿を消した。リバーサイドモールは内装の一部が破損しただけだし、けが人は一人も確認されていないし、話題性も薄かったのだろうと思う。

 クラウドイーター三人がいなくなってから、一週間が経った。朝の通学路は平和そのもので、日常はむしろ退屈ですらある。
「きずな先輩のユーチューブが、もうすぐ百万PVを超えますね」
「あれはちかこの撮った動画じゃん。百万PVとか言われても、あんまうれしくないし」
「きずなちゃんも、いっぱい動画作ったらいいよー。ほのか、いつでも出てあげるよ?」
「四足歩行のナニガシを仕留める瞬間とか、飛翔する巨大ナニガシの墜落とかをアップロードされたあとに、なにを作れっていうんだ」
 ちかこの撮影した動画は、当然のことながら『謎の巨大生物』関連の動画では一番の臨場感だった。ページビューの伸びは減りつつあるものの、未だに閲覧者は途絶えない。
「捏造だとか、コンピューターグラフィックスだとか、プロジェクションマッピングだとかの、コメントが多数ついていましたが」
「あんな映像を捏造できるなら、とっくにカンヌに行ってるよ」
 うんざりしながらそう返事をしたものの、私は別に夢を諦めたわけじゃない。

「ニャーン」
「こらっ、まて!」
 私の足元を黒猫がすり抜ける。それを追いかけて、制服を着た男子が通学路を走っていく。
「……いまの、クラウドイーターじゃなかった?」
「えー? ほのか見てなかったー」
「気のせいではないですか。彼らは仕事があると言っていましたし」
 黒猫と男子は緑道の角を曲がり、見えなくなってしまった。
 イチゴたちは「仕事がたくさんある」と言って、自分たちの世界へ帰っていった。猫形ナニガシは、三人の監視下に置かれるという話だ。

 ちかこと別れて二年一組の教室に入り、ほのかは窓際の席に座る。私は自分の席に鞄を置いてから、窓辺に立つ。
「ほのか、いやだったら答えなくてもいいんだけどさあ」
「なあに? きずなちゃん」
「ほのかが教室からいなくなったあと、なにがあったんだ?」
 心の傷を抉るような気がして、しばらく聞けなかった。ナニガシに{拐われたあと、ほのかはどうしていたのだろう。
「んー? ここでシュークリーム食べてたら、窓の外からなんか音がして、見下ろしたら校庭で、イチゴくんとナニガシが戦ってたんだよね。赤い銃みたいなのを撃ってて、避けたナニガシがここまでジャンプしてきて、そのあとはもう覚えてなーい」
「ああ、それたぶん、イチゴじゃなくてミッチだ」
「そうなの? あの三人、まったく見分けがつかないよねえ」
「怖かった?」
「ぜんぜーん。だって次の瞬間にはもう、きずなちゃんが目の前にいたし」
「そっか、よかった」
 あっけらんと答えるほのかに、救われた気分になる。
――私は怖かったよ。
 そう言いかけて、口をつぐむ。
「パパとママには、すっごい怒られたー。ナニガシに拐われてたって言っても、信じてくれないし」
「信じたくもないだろうなあ」
 始業のチャイムが鳴る。私はほのかに手をふって、自分の席につく。

 結局、イチゴたちのこと、それから彼らの住む世界のことを、ほとんど理解できないままだった。
 近いうちに、あのノートを探しに行こう。私がノートを見つけたら、そのとき彼らはまた戻ってくるのだろうか。

 担任が男子生徒を連れて、教室に入ってくる。
「えー、転入生を紹介します」
「はあっ!?」
「イチゴ・クラウドイーターです。よろしくお願いします」
 思わず立ち上がった私に、イチゴは知らん顔をしている。
「わあ、イチゴくんだー。なんでー?」
「はい、仲谷さん静かにー。三好さん席について。イチゴ・クラウドイーターくんには兄弟がいて、二年二組にミッチ・クラウドイーターくん、一年一組にフータ・クラウドイーターくんが、それぞれ転入してきました。日本に不慣れだそうなので色々教えてあげてくださいね。席は、仲谷さんと三好さんのあいだ」
「うわっ、なんか机が増えてると思ったら!」
「一年一組って、ちかこちゃんのクラスだねえ」

「よろしく。えっとー、仲谷さんと三好さん」
 あくまで白々しく、制服を着たイチゴが席に座る。水色の髪と瞳がそのままなのが、やたらと目につく。
「イチゴ、あんた、仕事があるんじゃなかったのか」
「うん、ここに来るための準備が大変だったよ。好餌が解除されない以上、ナニガシを捕獲するには、君たちのそばにいるのが一番効率的だからね」
 イチゴが小声で私たちに説明する。
「わーい、よろしくね。イチゴくん!」
「……まじか、ナニガシってまだ出てくんのかよ」
 ため息をつく私を見て、イチゴは嬉しそうな顔をする。

 教室に、窓からの風が吹き込んでくる。風に夏の匂いが混ざり始めていた。


 第一部 おわり


第二部「アンフォールドザワールド・アンリミテッド」につづく

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