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書籍にも総額表示義務を適用すべきか?

これなあ。

概要

そもそも総務省が、全ての小売商品に対して総額表示を義務化していて、出版業界は総額表示の弊害が大きいということで特例が認められてきた背景がある。

その上で、その特例の期限が来た(令和3年3月31日まで)から改めて特例を認めてくれ、という議論が3月末まで起こっているよ、という話。

論点

なので、論点は、以下の4点になる。

・総務省はなぜ総額表示を推し進めているのか
⇒消費者の価格誤認防止、というのはざっと見ればわかるが、「税抜き価格+税」等の表示ではなく、総額で表示しなければならないのはなぜか。
総額表示ではないために価格誤認が生じ、何かトラブルに至る事例はどれくらいあるのか。

・特例期間中、特例対象者に対してゆっくりでも対応を進める義務があったか
⇒特例を認めるにあたって、「10年を期限に特例を認めるから、10年後には対応できるようにしてね」といった合意があったかどうか。
もしこれがある場合は、出版業界はこの10年何してたの状態になってしまう。

・(こと出版業界に絞って考えた場合)特例が認められなかった場合、どのような対応が必要になるか
⇒私の知る限り(一時期出版社に勤務をしていた)、既刊の商品全てに対して、カバーのかけ替え作業が必要になると思われる。
他業界(コンビニの飲食物等)とは異なり、出版業界は商品自体に価格が記載されている。これは1冊ごとに価格が異なること、逆に小売店によって価格が変わらないことから、小売店側で価格表示をしないためだ。
そのため、価格表示の変更を行うためには書店だけではなく、出版社・印刷会社が大々的に動く必要がある。
ここは後ろで詳述する。

・上記2点を踏まえた上で、特例を継続するべきか否か
⇒要は総務省が総額表示を一律に適用するべき理由と、出版業界に関しては特例を認めるべき理由で、どちらを優先すべきか、という話。

一応以下に書いた内容で、上記論点はカバーできている……と思う。

総額表示を推進する理由

もともと、この総額表示の義務というのは「消費税法 第63条」に記載されている。
リンク先にもあるが、この総額表示義務を行うにあたって何を考えているのか、財務省は以下のように説明している。

総額表示の義務付けは、それまで主流であった『税抜価格表示』はレジで請求されるまで最終的にいくら支払えばいいのか分りにくく、また、同一の商品・サービスでありながら「税抜表示」のお店と「税込表示」のお店が混在しているため価格の比較がしづらいといったことを踏まえ、事前に、「消費税額を含む価格」を一目で分かるようにするものである。このような価格表示によって、消費者の煩わしさを解消していくことが、国民の消費税に対する理解を深めていただくことにつながると考えて実施。

言っている意味は分かるものの、+税を暗算するめんどくささを解消する、以上のメリットは書かれていない。その他少し調べたが、税抜表示のためにトラブった事例なんかは見つからなかった。知っている方は教えてほしい。

特例の詳細

さて、これに対して特例が認められることとなった。そのための法律は「消費税転嫁対策特別措置法」という。
この第10条で、今回問題になっている総額表示に関する特例が定められている。

(総額表示義務に関する消費税法の特例)
第十条
 事業者(…中略…)は、自己の供給する商品又は役務の価格を表示する場合において、今次の消費税率引上げに際し、消費税の円滑かつ適正な転嫁のため必要があるときは、現に表示する価格が税込価格(…中略…)であると誤認されないための措置を講じているときに限り、同法第六十三条の規定にかかわらず、税込価格を表示することを要しない。

第1項で「総額が誤認されないような工夫があれば、税込価格じゃなくてもいいよ」と定められている。
このうち、誤認されないような工夫はどういうのならOKなのか。ここについては国税庁が事例集を出している。

例えばこんなかんじ。

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国税庁「総額表示義務の特例措置に関する事例集」(平成27年、2頁)。

こうしたのがOKなので、出版業界も「本体価格+税」という表示を続けてきたというわけだ。

だが、この特例措置法、ちゃんとこんな項目もある。

2 前項の規定により税込価格を表示しない事業者は、できるだけ速やかに、税込価格を表示するよう努めなければならない。

第10条2項にて、「そうは言っても、極力早く税込価格を表示できるようにしてね」と定めているのだ。

こうなってくると、出版業界とはいえ、何か策を検討する必要があるわけだな。

しかも、この特例措置法の効力は令和3年3月31まで。
今のままだと、次の4月からは総額表示を徹底しなくてはならない。

出版業界に求められる対応

こうなってくると、出版業界が取れるアクションは次の2つ。

1.おとなしく総額表示を行う
2.特例措置法の期限延長を嘆願する

はい。で、実際にやっているのは2なわけだけど、なぜ1が難しいのか。それをここから検討しようと思う。

現状、書籍の価格は書籍のカバーに印字されている。論点のところでも書いたが、これは1冊ごとに価格が異なること、逆に小売店によって価格が変わらないことから、小売店側で価格表示をしないためだ。
そのため、価格表示の変更を行うためには書店だけではなく、出版社・印刷会社が大々的に動く必要がある。

基本的な行動フローは以下の通り。

1.出版社が、既刊本全てのカバーデータを修正し、新税率を適用した価格を表示する
2.新カバーデータを印刷会社に印刷してもらう
3.全国の書店のどこにどれだけの在庫があるのかを確認し、適正な部数+α分の新カバーを書店へ送付する(これは印刷会社から直送ではなく、おそらく取次を経由して行くことになるのかな)
4.各書店は、抱えている在庫全てのカバーを延々とかけ替えていく。

簡単に整理するとこの4フローにまとまるが、この中に登場人物が4人いる。
・出版社
・印刷会社
・取次
・書店

このうち、印刷会社(と取次もかな?)は売上が上がるのでまあ良いだろう。
しかし、印刷会社に印刷費を支払う出版社にとっては純粋な経費として嵩んでくる上に、書店は鬼のような書籍の山を全て処理しないといけない。

カバーかけ替えって結構地味に時間かかるのよ。印刷会社で刷る時に、端の1か所だけ折り目をつけておくこともできるんだけど、それをやったところでかなり時間はかかる。これも書店員の業務時間を圧迫、ないし引き延ばすので書店にはかなり経費が嵩む事柄だろうと思う。

これだけ見れば、「逆に言えば、その出版社と書店が1度ひぃひぃ言えば済む話なの?」と思うかもしれないが、そんなことはない。
追加で2つ話す必要がある。

・中小出版社のお財布事情
・カバーかけ替え祭りの実施回数

中小出版社のお財布事情

まず、そもそも斜陽産業と言われて久しい出版業界では、出版社の倒産も相次いでいる。電子書籍なら業績が伸びているとはいえ、まだ市場規模も小さく、出版社の莫大な経費を支えて利益を出すほどではない。

特に、中小出版社は電子書籍用のプラットフォームを持っているわけではないから、彼らが受ける恩恵と言えば、紙を辞めて電子化すれば、印刷等諸経費が浮くという程度だ。売り上げ部数が増えるわけではない。

そんな中小出版社では、「カバーの追加注文」というのは、なかなか大きな出費になる。

中小出版社に限らず大手もそうだが、この大きな出費を少しでも和らげようと思ったらどうするかと言うと、「売れていないやつはカバーかけ替え対象外として、絶版にする」というものだ。

これにより、出版社の提供する商品数は減り、だからと言って売れ筋がもっと売れるようになるわけでもないのだから、純粋に売上が下がる。

要するに、カバーかけ替えをする余裕がないために市場から消える本が出てくるよ、ということだ。

なお、このことは我々消費者にも重要な問題で、読みたい本が買えなくなる可能性があるのだ。

いつか書いた図書館からのデータ送付の件とも話が近づいてくるが、こうなってくると、我々は図書館に頼るしかなくなる。人によってはこれで問題解決、と思うかもしれないが、図書館の蔵書数には限りがあるので、種類によっては絶版になったために貸出予約が殺到するものも出てくるだろう。買えればいつでも読めるものを、延々と待ち続けるというのは、一部の消費者にとっては大きな不利益だ。

しかも、また出版社目線に戻るが、今議論されている著作権法改正に関する報告書では、絶版本の利用・個人へのデータ送付に関して出版社等の権利者に補償金は出ないことになっている。となれば、出版社がカバーかけ替えができなくなって絶版にした分、出版社が利益を取り返す余地はない。

消費者の図書館への流入は、少なくとも本件に関して出版社に利することはないのである。

自分で書いてて、改めてほんとに利益ないなってことを再確認している。。。

カバーかけ替え祭りの実施回数

出版社への悪影響はさらに続く。ここは書店も大きく関わるが、このカバーかけ替え祭り、1回では終わらない。
・消費税率が変わる度に
・既刊本の全てを対象に
実施しなければならない。

日本の消費税率の変化は、これまで、
1989年4月:消費税法施行
1994年11月:消費税率を3%から4%に引き上げ、さらに地方消費税1%を加える税制改革関連法が成立
1997年4月:消費税率を5%に引き上げ
2014年4月:消費税率を8%に引き上げ
2019年10月:消費税率を10%に引き上げ、軽減税率を導入
こんな感じで変化してきている。
ざっくり、5-6年に1回は何かが変わっている計算になる。

この変化量が今後も続くと仮定するのは乱暴なのだが、一旦そう仮定してしまえば、5-6年に1度、上記のカバーかけ替え祭りが開催されることになる。

さすがにしんどくないかい。

価格表示の慣習を変える?

ここまで考えてくると、出版業界は、スーパー等と同様に、各小売店ベースで価格を表示し、カバーからは価格を削除する、といった対応をした方がまだ良い気がする。
少なくとも、出版社の痛手は1回で済むし、書店側も全商品カバーかけ替え祭りよりは価格表示用のタグか何かを変えるだけなので、まだ楽なのではないかと思える。

要はBOOKOFFスタイルということだ。全ての商品について、値札をパチパチと貼り付けていく。そうすることで、まだ出版社がカバーを刷り直す必要も減り、値札シールを印字するだけなので、出費も少なく済むことと思う。

こうなってくると、それでもしんどいのは書店のみ、となってくる。
書店にかかる負担は、
・値札シールを準備する
・既に貼られている値札をはがす
・新しい値札を貼る

これを在庫全てに行うということになる。
5-6年に一度のお祭りとして。

特例継続vs値札シール

さて、カバーかけ替え祭りはさすがに不合理だったものの、値札シールという対策を思いついてしまったわけだが、この対応を書店に迫るほどに「総額表示」は重要なのだろうか。

個人的な結論から言うと、「NO」である。

ここからはわりと私見が強く入るのだが、
総額表示をする意義が実は未だにピンと来ていない。

言葉上は理解している。購買行動を起こす際、値札に税込価格が書いてあった方が消費者としては楽だ。複数個購入する場合の足し算も楽になる。

だが、言ってしまえばそれだけだ。

書店が消費税率の変更の度に大変な思いをするという明確なデメリットの前で、総額表示だと楽というメリットはどれだけの強さを持つのだろう。

さらに言うと、これは政権が「消費税率を変えよう」という政策を掲げた際に、書店業界が反発しやすくなるという政治的なデメリットもある。
だって、書店員からしたら、消費税上がってお金取られるわ、仕事増えるわで目の前にはメリットなさそうに見えるじゃない。(消費税が下がる時も仕事は増えるわけだが)

総額表示には、これらのデメリットを差し引いてもおつりがくるのだろうか。

ということで、特例措置法の期限延長をしてあげた方が良いのではないかなあと個人的には思っている。


※ここまで書いた内容に誤りがあったらすみません。ご指摘いただければ嬉しいです。
※個人的な結論を一旦出していますが、今後調べが進んだりした場合に意見が変わっている可能性もあります。そこはご容赦ください。

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