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昼のお話です。 学校へ行ったり、お散歩をしたり、家でごろごろしてみたり、それぞれの過ごし方をして、それぞれに感じることがあるようです。
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2020年10月の記事一覧

木枯らし

木枯らし

 大きな影が、林の中を抜けていく。のそり、のそりと、歩く。小さな道を、時折周りの木々にぶつかりながら、進んでいく。そのたびに色づいたもみじがさわさわと揺れる。肌寒い風が湯気をなびかせる。大きな影は小川をゆっくりと渡り、小屋の前で止まった。

 持っていた大鍋をそっと玄関の前に置いてからコンコンと二回ノックをして、またのそりのそりと帰っていく。黄色い屋根を超えるほどの、大きな影だった。

 茶色い蓋

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真面目な女の子

真面目な女の子

 年明けには転校生がやってくると先生が言っていた。都内の超進学校の編入試験をパスしたのだから相当にすごい人に違いない。名前を聞いて検索すると、何かの賞をとったとかでニュースに顔写真が出ていた。

「初めまして、坂田奈子です。大阪からきました。その前は石川、岩手。生まれてから小学生までは千葉にいました。〇〇年10月15日生まれ、てんびん座、血液型はB。シスジェンダー、ヘテロセクシャル。好きなことは料

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抜け駆け

抜け駆け

 昼下がりの教室、後ろの黒板の前に、四十人のクラスメイトのうち二十三人の男子たちが集まっている。一つの輪になんてなれなくて、小さい輪がいくつか連なって、机に腰掛けているやつなんかもいて、うじゃうじゃとただ集合していた。

「どうしよっかー」

 一番声の大きい男が真ん中辺りで声を出す。

「とりあえず適当に組むか」

 太くて、よく通る声だった。俺は隣にいた梶原の目をさっと見る。向こうも目を合わせ

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カルピス

カルピス

 からん、と大きな氷が涼し気な音を立てる。二つ並べた背の低く幅広なグラス。カルピスの原液を注いで、それからミネラルウォーターを静かに流し入れる。「カルピスって牛乳入れても美味いよ」と、芳人がそれを覗きながら言う。

 出来上がったカルピスをサイドテーブルに運んで、私はもう一度ベッドに寝転がった。

「えー、また本読むのー?」

 芳人がベッドに腰掛けて口を尖らせる。無視して文庫本を手に取る。うつ伏

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 4444。こんなに大事なアプリの暗証番号がこれでいいんだろうか。しんどい、のし。しにたい、のし。揃えて並べた4には、いろんな苦しみが詰まっている。

 開いたカレンダーの真っ赤な一週間、私は苦しみに取り憑かれているのだ。

 短いスカートをほんの少し伸ばして、いつもはくるぶしソックスだけど黒タイツを履いて、もこもこのコートにマフラーをしっかり巻いて、雪だるまみたいになって家を出る。すかすかのはず

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