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4444。こんなに大事なアプリの暗証番号がこれでいいんだろうか。しんどい、のし。しにたい、のし。揃えて並べた4には、いろんな苦しみが詰まっている。
開いたカレンダーの真っ赤な一週間、私は苦しみに取り憑かれているのだ。
短いスカートをほんの少し伸ばして、いつもはくるぶしソックスだけど黒タイツを履いて、もこもこのコートにマフラーをしっかり巻いて、雪だるまみたいになって家を出る。すかすかのはずのリュックも、ナプキンが嵩張って普段より大きい。
鉄分サプリを毎朝飲んでいるけど、この期間はそれでもふらふらする。でも電車は座れない。椅子に血をつけてしまうくらいなら貧血で倒れたほうがましだ。恥ずかしさの度合いが違う。
下腹部の鈍い痛みと頭を絞られるような感覚が一定のリズムを刻む。生理痛に効くと謳う市販の薬は全て試した。結論だけいえば、どれ一つ効かない。強いて言えば、ゴールドじゃないほうのイブAなら痛くてもちゃんと眠くなるから、夜うなされなくていいという理由で寝る前に飲んでいる。昼間はだから、ただ耐えるしかない。
手を挙げて、授業を抜ける。教室は寒いし、椅子が固くて腰が辛い。保健室で湯たんぽをもらってベッドに丸まって、目を閉じた。
生理って、なんのためにあるんだろう。
私は考える。痛みを紛らわせるために、答えの出ないことをただひたすらに考える。
子どもを産むため?
でも、私は子どもは欲しくない。
どうして私は女ってだけで、こんなに苦しまなくちゃいけないんだろう。
月に一回、生理がくる。一週間は血を垂れ流すけど、そのうち痛いのは最初の四日間。月に四日、私は何もできなくなる。授業にも出られなくて、ついていけなくなる。掃除も、洗濯物を畳むのも、家に帰ったらベッドに突っ伏してしまうからできない。肌質だって保てない。汚い部屋で、一定のリズムでどろりと血を吐き出す私が呻く。
何が性差別だ。何がジェンダーレスだ。
私は考える。普段は絶対に考えないような、抽象的な、私自身にはあまり関係のないことにまで、大きな口を叩きたくなる。
女になりたいなんて、この痛みを感じてから言えよ。
汚い。この四日間、考えることも何もかも私は汚い。そのことに、私はまたイライラする。
「麻原さん、授業終わるわよ」
保健室の先生が優しく言う。
「湯たんぽ、新しいの渡すから、放課後に返しにおいでね」
「ありがとうございます」
よろよろと、教室へ向かった。
ウィダーインゼリーを湯たんぽで温めて、すっごく不味いけど頑張って飲む。どろりと入り込んできて、どろりと出ていく。隣の席の篠田が心配そうに、「これさっきの時間のノートだけど写真撮る?」と言ってくれる。「ありがと」と写真を撮っていると、ぼそっと篠田が言った。
「しんどいのに、学校来て偉いな」
「だって、ビョーキじゃないから」
「でも、麻原、毎回辛そうだし。俺が風邪引いて学校休んだときより、ずっと苦しそう」
篠田は色とりどりで綺麗なお弁当をぱくぱくと食べながら、合間合間に喋る。
「ちょっと、想像もつかないよ。他人事みたいで申し訳ないけど、まじで大変だな」
写真を撮り終わって、ノートを閉じる。うまくはないけれど丁寧な字で、見やすくまとまっている良いノートだった。
「ね、篠田、これからもノート見してよ」
「いいけど」
「そのために、学校来るからさ」
無理やりにっと笑ってみせると、篠田もにやっと笑った。
女の子だらけのロッカーは全然汚くて、使い終わった汗吹きシートとか、絆創膏とかのゴミが落ちている。この中で何人が今生理中なんだろうって考えたら、嘘くさい香水の他に、何かすごく臭う気がした。
麻原さんってさー、毎回生理だってすぐわかるよね。
こそこそと声が聞こえる。同じクラスの女の子たち。
それね。ちょっと大袈裟じゃない?そのくせ体育だけは出るとかありえない。
みんながどうやって、生理であることを隠しているのか私にはわからない。授業中おとなしく座っていることも、平気な顔をして廊下を歩くことも、どうやったらできるんだろう。みんなの痛みがどのくらいなのかはわからないから、もしかしたらただ私が大袈裟なだけかもしれない。個人差、という言葉がこんなに嫌な響きになるのは生理の間だけだ。みんな平等だったらいいのに。
「麻原さんは毎回そう言うけど、生理で授業に出られないなんて生徒は聞いたことがないわ。私だって生理痛は重たいけれど、休んだりしませんよ。生理は病気ではないんです。体調の管理をしっかり行ってください。このままだと留年しますよ」
結局アップのランニングを貧血でリタイアした私は、体育の女教師に説教をくらっていた。
生理は病気ではないと、病院に行きたいと訴える私に母はいつもこう言う。呪いのような、聞く価値のない言葉だ。本当は、月経困難症というのがあることをインターネットで調べて知っている。でも、知らない大人が多すぎて、私も知らないふりをしている。適当に聞き流して、ロッカーに湯たんぽを取りに行ってから保健室へ向かう。
4444。ベッドに丸まって、布団の中でそっとアプリを開く。ぴったり29日で一周する私の周期。少し前までは24日だった。だんだんと周期が伸びて、その分、痛みが強くなった。あと三日はこの状態だろう。生理痛、頭痛をチェックして、閉じる。急な暗闇に瞳孔が追いつかない。目を閉じているのか、開けているのか、自分でもわからなくなる。
優しいひともいる。
冷たいひともいる。
彼らは悪気はないんだろうけど、人の気持ちを思いやれないひとだ。
私は考える。
自分の経験が少しでもあるほうが、人の気持ちを想像しにくいんだろうな。自分と同じだと思ってしまうんだろう。個人差、というのは、私たちの間に底なしの線を引く。
残り三日。それが終わったら一ヶ月後。次も、その次も。この先何十年。私は先の見えない苦しみに取り憑かれている。
昼間なのに、大きな闇が広がっている。痛みと苦しみを全部閉じ込めた闇の中で、抜け出すことも諦めて、息が止まるのを待っているみたいだ。
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