マガジンのカバー画像

58
昼のお話です。 学校へ行ったり、お散歩をしたり、家でごろごろしてみたり、それぞれの過ごし方をして、それぞれに感じることがあるようです。
運営しているクリエイター

2020年5月の記事一覧

ブランコの鳴る音

ブランコの鳴る音

 新品の青いスニーカーは少し硬くて、自然と背筋が伸びる気がする。踵から下りて、爪先まで。扁平足の土踏まずは、なんだかんだ言って地面との触れ合いを楽しんでいるみたいだ。一歩一歩を踏みしめて歩く。陽射しは強く、風は弱い。でもいいんだ。今の時間、あの公園は日陰になっているから。

 弾む心を抑えるようにゆっくりと歩く。もう、公園ごときではしゃいでいい年齢ではない。でも、駅へ向かう途中ふと裏道を通ったとき

もっとみる
木漏れ日ピクニック

木漏れ日ピクニック

 青い空に、爽やかで優しい風、柔らかな日差し。昨日の少量の雨のおかげで花粉はあまり飛んでいない。朝露か雨粒か、キラリと光る水滴をつけて、草木は揺れ、花々は笑う。まだ蝉の鳴かない木の陰は、木漏れ日がサラサラと零れ落ちて過ごしやすい。今日は、絶好のピクニック日和だ。

 君が、よく陽のあたる青い草原に、赤いチェックの二人用のレジャーシートを広げて座る。わぁ、お弁当を作ってきてくれたのかい?なんて彩り豊

もっとみる
手術シーン

手術シーン

 「ねえ、このドラマ今観てんの?」

背中から突然降ってきた声に、ポテチを噛み砕きながら適当に答える。

「いや?なんで付いてるの、これ」

「まじか、早く言えよー観たいのあったんだから」

ぶつくさ言いながらリモコンに手を伸ばそうとして、探しているようだ。背中がごつごつ動いて、ちょっと痛い。

「リモコンならここですよーだ」

「おお、サンキュ」

肩越しに渡すと、受け取ってきっかり二秒後、頭を

もっとみる

宝物

 視界が蒼い。どうしてか僕のそれは、内側でキラキラと光る。そうして僕から抜け出して、またひとつ、弾けて消える。ただぼんやりと見つめながら、綺麗だなぁ、なんて思う。僕の中からキラキラが消えていく。
 僕はいつも闘っている。弾を撃ち、刀で刺し、そして食べる。同様に僕も狙われている。だから僕は、撃って、刺して、食べなければならない。自分のために。
 美味しくない。美味しくなんてないのだけれど、食べなくて

もっとみる

夏が恋しい

 梨が食べたかったのに。今は夏だから、なんて言われてしまうと何も返せない。たしかに美味しい時期は秋かもしれないけれど、別に夏に梨を食べたっていいじゃないか。そんなのは自分の勝手だろ、と無性に苛つきつつスイカをかじる。種をぺっと吐き出すと、その分胸に残ったものの影が濃くなった気がした。

 だいたい夏なんてものは嫌いだ。布団に溜め込んだ空気がもわっとして、嫌なことも全部うやむやにしてしまう。外に出る

もっとみる

泣かせ屋

 「もしもし」

「はい、泣かせ屋です」

「あ、ほんとなんだ。良かったあ」

「ご用件は何でしょう」

「ちょっと、彼氏の浮気相手を泣かせ」

プツッ……ツーツーツー。思わず、途中で電話を切ってしまう。

「はぁ…何なの最近。そんなくだらないことを扱うところだと思ってるのかしら」

「おたくが小学生のお遊びみたいな名前にするからでしょう」

カナタがタバコに火をつけながら言う。

「ほっといてよ

もっとみる

薔薇の魔物

 海の底には魔物が住んでいる。よくあるこの言葉を信じて、俺は海に溺れることを決意した。
 だいたい、溺死なんてものは、意図して起こりうるものではない。だから、大抵の場合、自殺には扱われない。俺は、葬式の陳列で親戚たちに「人生を無駄にした男」「最後の最後まで親不孝」だなんて言われるのはまっぴらなのだ。いつも俺を憐れむように見てくる彼らなら、言いかねない。溺死は都合の良い死に方だと思った。
 あぁ俺は

もっとみる

言葉ノート

 ぽつり、と冷たい何かが頬を濡らした。上を見上げるとどんよりとした分厚い雲がたちこめていて、あっという間に数多の雫を落とし始める。天気予報では、あと1時間は保つ予定だったのに。はぁ、と溜め息をこぼすと、バス停への足を早めた。
 簡単な屋根のついたバス停には、ベビーカーで眠る赤ちゃんと、そのベビーカーを支えるお母さん、その隣にちょこんと腰掛けて大きな水筒を傾けている小さな女の子が座っていた。その横で

もっとみる
母の日

母の日

 お母さん、いつもありがとう。

 赤いお花の描かれたメッセージカードをくしゃくしゃに丸めて、ため息をついた。違う。違う。もういいや、ラッピングに母の日って書いてあるし。真っ赤なカーネーションの束みたいに積み上げられた、くしゃくしゃの紙の山の上に、もう一つ、そっと載せた。思うことはたくさんあるのに、いざ書こうとするとありきたりな言葉しか思い浮かばない自分が嫌いだ。

 悩みに悩んだプレゼント。今年

もっとみる

唐揚げ

 彼は鳥を飼っていた。

 それはとても大きな、彼の頭ほどの大きさのある鮮やかなピンク色をしたオウムだった。彼の一人暮らしにしては少し大きな部屋の、少し大きな窓辺に、そのオウムはよくちょこんと乗っていた。無機質な、黒を基調とした部屋で、その窓からこちらを見下ろすような姿は、異様に派手に目立って見えた。

 名前はカゲといった。こんなに鮮やかなのにどうしてカゲなの、と聞くと、彼は少し間をおいて、

もっとみる