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掌編|寂寞

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毛糸のマフラーを編んでいる
暖炉の残り火は、パチパチと音を立て
冬の静けさをさらに演出させた

前後に揺れる椅子の
そのリズムがあなたのリズムなのよ

普段、編みもしないマフラーは
歪な形を描いて行く

君が残した香り、その足跡の続きを
僕は不器用ながらもこの椅子に座って
君がよく座っていた椅子に揺られて
ワインを零したような濁りのあるくすんだ色を
別の手が紡ごうしている

喪失の向こうへ
喪失の向こう側に
そこには何が待ち受けているのだろうか
毛布に包まれたような酷く安心する様を
その先には少なくとも見出せない
喪失の向こう側に君はいない

絨毯に零れたコーヒーの染み
壁に貼られた肖像画
ブラウンの起毛素材のベッドカバー
いつの日も変わらない照明の淡さ
小風に揺れたカーテンから香る土の匂い
氷結した窓の内側を零れる雫
ポケットの内側に当たっては擦れるリング
君が編んでくれたワインレッドのセーター
君が勧めてくれたドストエフスキーの小説
君が教えてくれたアイスランドのアンビエントミュージック

その全てと君は繋がっていた

無くすこともないだろう
それは思い出となってしまった
永遠に我が身と共に命絶つその時まで
僕の頼りなさげな記憶のどこかで
これからも息をしたりそれが静まったり
ある場面で何かのきっかけで思い出すまで
しっかりと眠っては顔を出す日を
待ち構えるのだろう

君の夢を見た
何もかもは覚えてはいなかった
時計はそれほど進んではいない
それが悲しいのか悲しくはないのか

#掌編 #ショートショート #小説 #喪失 #寂寞

いわゆる、駄文