デイトレーダーの為のロケット知識-Astra Space LV0009の例

ロケットの打上と株価の動きの関係を解説します

3.打上げと株価

 上図はAstra Spaceが衛星打上機LV0009の打上運用を行った時点とその前後の値動きである。チャートの権利の確認や許可取りが面倒くさかったので略図を使用する。ソースを知りたい方は各自取引ツールでご確認ください。

イベントA

 LV0009の打上の模様はYoutubeチャンネルNASASpaceflightにて実況生放送された。
 上図イベントAは概ね離床時である。離床(Lift-off)とは打上機(ロケット)が発射設備から離れるさまを示す。打上機の運用にはクリティカルな点が幾つがあるが、離床はその一つだ。ロケットエンジンの点火はリスクのある操作であり、異常燃焼や損傷のリスクに直面する。同社LV0006の際(NASDAQ上場から58日後の2021年8月28日)には離床時に推進剤供給系の不具合からエンジンの1つが停止し、その後飛行を停止し、機体は海面に落下し失われた。
 離床までは打上機の研究・設計・開発・製造はもとより、地上設備や周辺環境の整備も必要であり、それらが上手くいったことの顕れでもある。同社が2020年3月23日に打ち上げる予定をしていたRocket3.0 "1 of 3"は発射台上で機体測定データの異常を検知し、打上げは取り消された(その後火災により破壊された。バルブの異常によりタンクの調圧が不能となり、機体が破裂したと言われている)。
 またLV0009の当初打上予定日は前日の3月14日であり、天候のため翌日15日に変更されていた。
 離床はこのようなトラブル要因を乗り越えた証の一つである。

イベントB

 上図イベントBは概ね衛星放出確認ができなかった時点である。記事"2.Astra Spaceは何をする会社なのか?"で説明するが、打上サービス事業者が行う最後の一歩、ペイロードの放出(deployment)を確認できなかった。衛星放出装置の問題なのか、放出を確認する装置の問題なのか、信号処理や通信周りの問題なのか、この時点で確認できない仕様なのか。そういった詳細は語られなかった。

 NASASpaceflightは未確認状態のまま実況生中継番組を終了した。
 Twitterの公式アカウントhttps://twitter.com/Astraは以下のように、飛行はノミナル(打上機分野では"既定正常範囲"の意)であり、ペイロード放出の確認を待っているとの発言を行った。

 多くの打上機は衛星放出操作と同時に放出確認を行うため、私を含めて外野の人々は、このような状況を異常ととらえられた。

 人工衛星が打上機から分離できない場合、様々な問題が起こる。衛星の姿勢制御力が不足することで太陽に向けるべき面を向けられなければ発電ができないばかりか、放熱も上手くいかず、衛星の搭載機器が正常動作しなくなる、打上機が作る影が地球との通信を阻害したり、受けるべき太陽光を遮ったりする。こうした事が起こって人工衛星は所期のミッションをこなせなくなる。
 そうしたわけなので、放出失敗は事実上の打上失敗である。

イベントC

 NASASpaceflightは突如放送を開始し「衛星からの電波を確認したと、顧客から連絡を受けた」と伝えた。打上機が提供すべきサービスを完遂したことを意味する。

 また総体としてみればイベントBで悪い材料は出尽くし、その後プラスの材料が出たと判断することもできる。

前後の動きと総括

 打上げから約半日後、Astra公式Twitterアカウントは打上ミッションが完全に成功した旨を発言した。
 このことから顧客の衛星が打上機から分離せずに通信しているわけではなく、放出装置は動作して確実に放出できたものの、打上機側が放出検知や信号処理する段階で躓いたと考えられる。打上機のサービスとしては成功だが、全ての機器が完全に正常に動作したとは言えなかったと評価できる。

 3月15日の打上げ前時点では売り圧優勢、衛星の軌道投入成功確認後も売り圧は強かったが、その後反転し、1週間後の株価は当初打上予定日の14日比で概ね125%となった。

1.宇宙産業というカテゴリーはざっくりし過ぎ

 宇宙関連企業が提供するサービスは非常に幅広い。以下ビジネスインサイダーの記事では打上インフラ、ロケット製造・打上げ、衛星製造、衛星ビジネス、衛星との通信設備、軌道上サービス、深宇宙探査・開発、エンターテインメント、その他、とカテゴリー分けして企業名を挙げているが、実際にはより多くの企業や法人部門が関わっており、この表に挙げられた企業よりもより人員規模の大きな企業が多く関わっている。

https://www.businessinsider.jp/post-238751

 また市場規模的には打上げサービスはごく一部に留まる。今後は衛星インターネット等の衛星サービス分野が大きく伸び、その需要に引かれて打上げサービス(ロケット産業)が伸びる方向だろう。

2.Astra Spaceは何をする会社なのか?

 宙畑のカテゴリーを借りるなら、Astra Spaceは「ロケット産業」に入る。
 提供するサービスは、顧客の人工衛星を指定ベクトルに運ぶことである
 そのサービスを達成する為に、打上機や付帯設備の研究・開発・設計・製造・運用を行う。
 打上運用においては打上機の各種最終試験を行い、極低温推進剤を充填する。打上機は1段目エンジンを点火し、離床し、誘導制御を行い、1段目を切り離し、2段目エンジンを点火し、指定ベクトルで顧客の人工衛星を放出する。こうした操作は秒単位でスケジュールされているため、全く同じ打上機で全く同じ軌道に投入する場合は、イベントの発生間隔も全く/ほぼ同じ並びとなる。
 特にクリティカルな部分として一般的には、1段目エンジン点火、Max-Q(最大動圧点)の通過、1段目エンジン停止、1段目の分離、2段目エンジン点火、フェアリング分離、2段目エンジン停止、衛星放出(分離)が挙げられる。Max-Qは姿勢制御が最も困難な領域であり、他はバルブやリンク機構など機械的な動作が起こる時点、または(近年採用例が少ないが)爆破ボルトや分離ロケットモーターなどの火工品が作動する時点である。

 同社が2022年2月10日に打ち上げたLV0008では1段目分離/フェアリング分離系統の電気配線に誤りがあったため、5段階に分けられた操作の順序が正しく実行されず、正常な分離が行われなかった。また2段目エンジンの点火には成功したものの、誘導制御系に深刻な問題が起きたため軌道投入に至らず、落下し失われた。

テレメトリを見よ

 テレメトリとは打上機から地上に送信されるデータであり、実際には非常に多くのデータを含む。打上げを生放送で公開する多くの事業者は速度や高度の情報をリアルタイムで公開している
 公開されたテレメトリは機上で観測した(多くの場合は加速度計の測定値を積分した)データであり、地上や測位衛星と相互的に確認しあった高精度/客観的な物ではないと考えるべきだ。また無線通信に品質よる、または意図的/非意図的な遅延やリフレッシュレートの低下が起こっている事にも留意が必要だ。
 ロシアのソユーズロケットはプリレンダのフェイク映像を使うので、全くあてにならない。これに関しては日本も前科がある(両者とも社会主義国ですね)。

 Astra LV0009では2段目燃焼終了と思われる時点(SECOコール)で速度7598m/s、高度525kmを表示している。

 Astra Space は事前に高度525km、軌道系射角97.5度の太陽同期軌道(SSO)に投入すると告知していた。525kmの高度は両者一致する。SSOと一口に言っても軌道要素には幅があるのだが、離心率0と仮定した場合、軌道速度は以下のように求められる。

 vは7.59888km/sであり、テレメトリの7598m/sとざっくり一致する。
 軌道傾斜角こそ表示されていないが、この時点以前には分割画面左側に地球に対した飛行経路が示されており、予定経路(?)と概ね一致している事から、概ね予定した系射角に投入出来ていると考えられる(これだけ速度の大きな物体は、たとえ曲がりたくてもそうそう曲がれないのだ)。
 以上からLV0009は予定軌道に投入できたと推測できる

 以上のような事を読み取れると打上運用を視ながらリアルタイムでその成否を判断する材料に出来るため、周囲の人々が状況を分析判断し言語化し発信する前に動けるだろう(とはいえ株価の世界は事実や合理性のみでは動かないものだが)。

 打上機(ロケット)の知識があればこういった利点がうまれてくるが、デイトレーディングを行う場合には覆しがたいハンデもある。Youtubeの生放送は十数秒から数十秒の遅延を介して表示されるため、配信サーバーとの距離が離れるほど不利になる。
 そして打上機のテレメトリを直接拾って(傍受)リアルタイムで解析する手合いと比べたら圧倒的に遅い。多くのテレメトリは暗号化されているが、全てが暗号化されているとは限らず、近年でもマニアが傍受し復号化したものをTwitterにアップロードした件がある。
 また打上機の管制に(電気的/電波的/物理的)介入して意図的に失敗させることで市場操縦を行う手合いが出てきた場合、一般のトレーダーはどうしようもないアゲンストに立たされることになる。こういった件は今のところ聞いたことはないが、起こりうる抗えないリスクの一つである(打上事業者はこういったリスクを減らす為にコアな通信を暗号化している)。
 時間の壁は厚い。

おわりに-小型打上とソユーズロケット

 ソ連が1960年代に開発し、21世紀の今も飛び続けるソユーズロケット(打上機)は人類の雄だ。
 米国が2011年にスペースシャトルの運用を終えた後は、事実上唯一の有人宇宙船であるソユーズ宇宙船の打上機として活躍したソユーズロケットであった。
 しかしSpaceX社は2019年にクルードラゴン宇宙船を就役させ、ソユーズロケットとソユーズ宇宙船を唯一の立場から追いやった。

 ソユーズロケットの打ち上げ能力は地球低軌道へ7.8tと決して小さくなく、Astraの打上機の能力が0.25t以下と言われているためライバルとさえ言えない。海上コンテナトレーラーと軽トラのような関係で、全くの畑違いだ。
 しかしソユーズロケットの能力は決して能力が高い方でもない。日本のH-IIA 204に比べたら半分ほどだ。Falcon FTに比べたら3分の1程度に過ぎない。

 そんな中、ロシアのウクライナ侵攻に至り、一気に雲行きが怪しくなった。ソユーズロケット運用会社ロスコスモスは既に打ち上げを予定していた衛星通信事業者OneWebの人工衛星打上げに資本条件を付け、機体に描かれた他国の国旗を「奇麗に」するなど、打上事業者の優位性を誇示するような動きをした。また「ISSをアメリカに落とす」などと脅し、宇宙船の運用事業者の優位性を誇示するような動きも見せた。

 その結果OneWebは残りの衛星をSpaceXのFalcon9で打ち上げる方針へと転換させた。SpaceX、OneWeb双方とも衛星通信事業者であり、競合他社に打ち上げを依頼するという奇妙な動きである。しかし打上事業者としての優位性を振りかざし、今後何をするかわからない狂人のロケットを使うよりはライバル同士で手を取り合った方がマシという判断なのだろう。

 ウクライナ侵攻がもし7年早かったら、Falcon9は再使用ロケットとして確立していなかったため、ソユーズロケットを脅され強請られながら使い続ける他なかったろうし、もし3年早かったらクルードラゴンも就役しておらず、ソユーズ宇宙船を使い続ける他なかっただろう。

 日本政府は20年毎に新型打上機をリリースすることで新規設計能力を何とか維持しているが、これはギリギリのサイクルだ。これ以上間が開くと後継者への技術伝承ができなくなり、物を作るノウハウは博物館の知識になってしまう。これを掘り起こして実際に物を作れるようにするのは実に困難だ。組織作りからやり直しになる。
 半世紀も新型機を作っていないロシアの打上機設計能力は既に韓国以下の水準まで落ち込んでいるだろう。現在はソユーズロケットというソ連時代の遺産を切り売りしているだけだ。
 他国からの受注が細れば製造ラインも細り、コアパーツの製造に必要な冶金技術の伝承も困難になるだろう。今後20年以内にソユーズロケットの量産が再開されない場合、おそらくロシアは少なくとも半世紀に渡って打上手段を失い、ゼロからのスタートをせざるを得なくなるか、中国に依存することで永久に自力で衛星を打ち上げられなくなるだろう。

 沈むロシアをジェティソンするきっかけを作り、独自の打上手段の確保の重要性を明らかにしてくれたロスコスモスのカディロフ氏およびプーチン氏に感謝する人は多いだろう。
 前述のとおりソユーズロケットとAstra Spaceのような小型打上事業者は本来ライバルではないのだが、宇宙輸送手段を自前で持っていないことがリスクになるという認識が広まったことが、打上事業者の株価を押し上げる要因となっていると考えるのは自然ではないか。


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