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「意味の病」に犯された大人

 

NewsPicksかなんかの記事で、「意味の病に犯された大人たち」というようなことが書かれた記事をふと思い出した。

「それってなんの意味があるん?」

確かに、人生でこのフレーズを何度使ったことか。何かにつけて意味を見出そうとするのが人間の性なのだろう。「フォレストガンプ」という映画を観て、少しだけ自分を客観視できたような気がした。

 

フォレスト・ガンプ

「フォレスト・ガンプ」は1994年に公開されたアメリカの映画だ。主演はトム・ハンクス。内容を軽く説明すると、主人公「フォレスト・ガンプ」の、幼少期から、家族を築くまでを描いたヒューマンストーリー。

特徴として、主人公は知能指数が低い。だからこそ、あらゆることに真っ直ぐで、偶然や人の出会いによって人生が右往左往する模様が、観ていて面白かった。

例えば、幼少期。フォレストが自転車でいじめっ子に追いかけられ、走って逃げるシーンがある。その時をきっかけに、フォレストは移動は常にダッシュ。お店から彼を見たおじいさんが「あの子はいつも走っているなぁ」と呟いているシーンがそれを物語っている。

青年期。その時もいじめっ子(今度は自転車ではなく車)に追いかけられていたフォレストは、猛ダッシュで逃げて、そのままアメフトの試合に乱入。誰よりも速く駆け抜けるフォレストを見て、大学からアメフト選手のオファーがくる。

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こんな感じで行き当たりばったりで人生模様が移り変わっていくフォレストに、「なんのために?」なんて考えはない。常に目の前のことに全力で、まっすぐ。

好きな人に振られた時は、「無性に走りたくなった」という理由で3年走り続けたフォレスト。アメリカを縦断するフォレストをマスコミが取り上げ、色んな人が訪ねてくる。
「やはり平和に対する活動ですか?」
「人種差別に対するメッセージでしょうか?」
「動物擁護についてご意見いただけますか?」

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さらに、彼を師としてついてくる人たちが現れる。

このシーンが、僕の中で一番印象に残っている。

好きな子に振られ、無性に走りたくなったから走ったフォレスト。そこに意味を付け加え、煽るマスコミ。彼こそ神だと讃え、付いてくる人々。

「意味もなくアメリカを縦断し続ける人なんていない。これにはきっと意味があるはずだ」

人は、自分の行動に意味をつけたがる。だけどフォレストの生き方は、大きな意味なんて考えず、「約束したから守る」「走りたくなったから走る」非常にシンプルだ。

noteを書いていると、とくに「こんなこと書いてなんの意味があるんだ?」「誰のためになるんだ?」と思う時が時々ある。

だけど、書きたくなったから書く。
それでいいんかなと、映画を通して考えすぎていた思考がスッキリしたような気がしました。


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