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マズローの7つの基本的欲求

A.H.マズローの欲求5段階説は有名ですが、「基本的欲求は本当に5つしかないのか?」「マズロー自身はどう言っているのか?」が気になっていたので、一年前くらいに「人間性の心理学」の改訂新版を購入しました。

購入したものの厚い本なのでなかなか読めていませんが、自分のためにも基本的欲求の部分だけ整理しておこうと思います。

基本的欲求

マズローは、基本的欲求として①生理的欲求、②安全の欲求、③所属と愛の欲求、④承認の欲求、⑤自己実現の欲求、⑥知る欲求と理解する欲求、⑦審美的欲求の7つを挙げています。

このうち、①〜⑤には段階性があり、以下のように述べられています。

生理的欲求が比較的よく満足されると、次いで、新しい一組の欲求が出現することになる。大まかに安全の欲求と範疇化できるものである(安全、安定、依存、保護、恐怖・不安・混乱からの自由、構造・秩序・法・制限を求める欲求、保護の強固さなど)。

生理的欲求と安全欲求の両方が十分に満たされると、愛と愛情そして所属の欲求が現れてくる。

この欲求(自己実現の欲求)は通常、生理的欲求、安全欲求、愛の欲求、承認の欲求が先立って満足された場合に、それを基礎にしてはっきりと出現するのである。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

これが、一般に知られているマズローの欲求5段階仮説ですね。しかし、よく見ると、「承認欲求は、生理的欲求、安全欲求、愛の欲求が満たされると出現する」とは書かれていません。よく見るピラミッド図では、承認欲求も段階性があるように見えますが、違うのかもしれません。

また、⑥知る欲求と理解する欲求、⑦審美的欲求にも段階性は言及されていません。これは、⑥と⑦が「あまり研究されていない」ことが原因のようですが、どちらかというと、⑥知る欲求と理解する欲求、⑦審美的欲求は、独立して存在すると考えた方が良さそうです。

前提条件

基本的欲求が満足されるには、欠かせない前提条件が存在するそうです。一般に知られているマズローの欲求5段階説ではあまり言及されていないので、ここで書き残しておきます。

直接的前提条件
これらの条件が危険にさらされると、あたかも基本的欲求それ自体が危険にさらされているかのような反応を引き起こす。言論の自由、他人に危害を加えない限りしたいことをする自由自己表現の自由、調べ情報を収集する自由自己防衛の自由正義公正正直グループ内の規律正しさなどは、基本的欲求満足のための前提条件の例である。これらの自由が妨害されると、脅威とか緊急反応などの反応が生じる。

間接的前提条件
認知的能力(知覚・知性・学習)が、他の機能の中でもとりわけ基本的欲求を満足させる機能をもつ適応的道具であることを思い起こせば、それが危険にさらされること、すなわちそれを自由に駆使することが奪われたり邪魔されたりすることは、あきらかに間接的に基本的欲求それ自体が脅かされることになるに違いない。(中略)秘密主義検閲不正直コミュニケーションの妨害などが、あらゆる基本的欲求を脅かすのである

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

ピラミッド図で言うと、生理的欲求のさらに下にこれら「自由」や「正しさ」といった前提条件が必要ということですね。

生理的欲求

生理的欲求は、書籍では明確な定義がされていませんが、身体的な欲求生物的な欲求と言えるかもしれません。心理学的な実験で用いられるマウスは、ほぼ生理的欲求しか持っていないようです。

生理的欲求の一部は、身体内部の化学反応と関連づけれられるそうです。その例としては、ホメオスタシス食欲が挙げられています。

 ホメオスタシスとは、血液循環に関して、一定した正常な状態を維持する、身体の自動調節的機能のことである。キャノンは、この過程を、①血液中の水分、②塩分、③糖分、④蛋白質分、⑤脂肪分、⑥カルシウム分、⑦酸素分、⑧一定の水素イオン水準(酸基均衡)、⑨恒常的血液温度、として述べた。このリストには、明らかに、ミネラル、ホルモン、ビタミン等も付け加えられるであろう。
 ヤングは、食欲を、身体の要求との関係で次のように要約した。すなわち身体に、ある化学成分が欠乏すると、人は失われた食物成分を求めて特定の食物に対する食欲あるいは部分的空腹を示すことになる(不完全だな方法だが)。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

このように、生理的欲求は、身体的・科学的基礎にあることを実証できるものがあります。現在では、眠気、疲労、なども化学物質の作用で理解できるようになってきています。しかし、全ての生理的欲求について当てはまるわけではなく、例えば、母性、感覚的快(味覚、嗅覚、くすぐり、なでること)、怠けたい気持ち、刺激や興奮を求める欲求などは実証できているわけではないそうです。現在だと、脳神経科学の進歩により、もう少し実証可能になっているかもしれません。

生理的欲求は非常に強い欲求で、例えば「飢え」が慢性化している場合は、安全や愛情どころではなく、「飢えの解消」が最優先になることは想像できるかと思います。ただ、現代社会では「飢え」が慢性化していることは少なく、せいぜい「空腹」を感じる程度です。これは、「食欲」が相対的に弱まっていることを表し、「とにかく食べられさえすれば良い」という状態から「自分に害のないものを食べる」といった安全の欲求が優位に立ってきます。これが、階層性を生み出します。

安全の欲求

安全の欲求とは、安全、安定、依存、保護、恐怖・不安・混乱からの自由、構造・秩序・法・制限を求める欲求、保護の強固さなどだそうです。構造・秩序・法・制限を求める欲求も含まれるのが意外でした。

ただし、大人は脅威や危険に対する反応をできる限り抑制するよう教えられており、安全を脅かされていると感じても表面にはそれが見られないことが多いため、安全の欲求は幼児や子どもを例に考えた方が良いそうです。

幼児や子どもの観察結果として、書籍では5つの点を指摘しています。

1.身体的危険(突然の刺激や不安定な抱っこ等)があると身体全体で反応する
2.体の拒絶反応(嘔吐、腹痛、等)を経験すると世界全体が危険に見える
3.両親の不正・不公平・矛盾などは世界を信頼できないものにしてしまう
4.親の暴力・叱り・悪口・罰など受けると、愛情より安全を求め、すがりつく
5.新奇で対応不可な刺激や状況に直面すると恐怖反応(しがみつく)が見られる

この結果を受けて、書籍では次のように述べられています。

これらの観察から、一般に次のように言うことができる。すなわち、平均的子どもやそれほど明確には見られないが我々の社会の平均的大人では、安全で秩序だった予想できる法則性のある組織された世界が好まれるのである。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

したがって、比較的安全で秩序だった社会で育った大人は、安全の欲求はあまり強くないそうです。

我々の文化における健全で幸運な大人は、安全の欲求に関して満足している場合が多い。平和で円滑に物事が運ぶ安定した良い社会では通常、そのメンバーは、危険な野獣、気温の両極端、違法な襲撃、殺人、無秩序、暴政などを経験せず、十分安全を感じている。したがって、真の意味で、そういった人ではもはや安全欲求は実際の動機付けとしては存在しないのである。(中略)中間では、たとえば保有権・保護権のある仕事に対する共通した選考性、貯蓄やいろいろな種類の保険に対する願望などの現象だけに安全欲求の表れを認めることができるのである。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

所属と愛の欲求

所属の欲求は、孤独・追放・拒否・寄るべのないこと・根無草であることなどの痛みに対して、友達や恋人、パートナー、子どもといった人々との愛情に満ちた関係への飢えだそうです。さらに、所属する集団や家族においての立ち位置への切望だそうです。

所属の欲求は、小説・自叙伝・詩・演劇などではよく扱われるテーマですが、科学的な情報は少ないそうです。マズローは、所属の欲求に関しては、以下の書籍「縄ばり社会」を読むことを推薦しています。

残念ながら和訳されていないようですが、マズロー自身は「この本には、近隣・縄ばり・一族・自分自身の本質・所属階級・遊び仲間・親しい同僚などの全てについて述べており、集まり、群をなし、加わり、所属するという我々の奥底にある動物的傾向を理解するのに役立つ」と言っています。

所属の欲求が現れている現象として、「Tグループや他の個人的成長集団や意図的共同体などが非常に急激に増加した」ことを上げています。もちろん、これは初版が出版された1980年代の状況のことだと思います。このような現象が起きている理由として、マズローは以下を挙げています。

1.接触・親密さ・所属などへの渇望
2.疎外感・孤独感・違和感・孤立感などの克服
3.移動移住による伝統的集団形成の崩壊、家族の四散
4.世代間格差
5.定着した都市化、村にあった対面性の消失

つまり、社会の都市化・先進国化・グローバル化が進めば進むほど、所属の欲求が満たされなくなるのかもしれません。

最後に、下記を引用して、本節を終わりたいと思います。

良い社会は全て、もしそのまま存続して健全であろうとするなら、この欲求を何らかの方法で満足させなければならないのである。

承認の欲求

承認欲求は、「安定したしっかりした根拠をもつ自己に対する高い評価自己尊敬、あるいは自尊心他者からの承認などに対する欲求・願望」のことだそうです。承認欲求と聞くと、他者からの承認の欲求のみに聞こえますが、自己評価も含んでいるんですね。

そのため、マズローは承認の欲求を二つに分類しています。

第一に、強さ、達成、適切さ、熟達と能力、世の中を前にしても自信、独立と自由に対する願望

第二に、(他者から受ける尊敬とか承認を意味する)評判とか信望、地位、名声と栄光、優越、承認、注意、重視、威信、評価などに対する願望

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

第一の承認欲求は「自尊心」、第二の承認欲求は「他尊心」と言えそうです。他尊心などという言葉はありませんが、他者から尊敬されたい願望という意味です。

自尊心の欲求が妨害されると、劣等感や無力感、弱さなど感情が生じて、根底的失望や神経症的傾向を引き起こすことが、重症の外傷神経症の研究から分かっているそうです。自尊心から生まれる基本的自信がないと、生きていくこと自体が辛いでしょうね。

ただ、自尊心は傲慢につながりやすく、自尊心の基盤を、他者の意見をもとに形成するのではなく、実際の能力、仕事に対する適切さなどに対する他者からの正当な尊敬に基づく必要がある、とも言っています。

他者の意見をもとに自尊心を形成してしまう危険性については、下記の研究や議論を参考にすると良いそうです。(私は不勉強で知りません・・・)

・自尊心や傲慢に関する神学者の議論
・自己の本性に対する虚偽の自己知覚についてのフロム派の理論
・自己に関するロジャース派の研究
・エイン・ランドのようなエッセイスト

自己実現の欲求

自己実現欲求は、人の自己充足への願望、その人が潜在的に持っているものを実現しようとする傾向のことだそうです。

マズローの書籍では、次のように説明されています。

これらの欲求がすべて満たされたとしても、人は、自分に適していることをしていないかぎり、すぐに(いつでもはないにしても)新しい不満が生じ落ち着かなくなっている。自分自身、最高に平穏であろうとするなら、音楽家は音楽をつくり、美術家は絵を描き、詩人は詩を書いていなければならない。人は、自分がなりうるものにならなければならない。人は、自分自身の本性に忠実でなければならない。このような欲求を、自己実現の欲求と呼ぶことができるだろう。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

ただし、実際にこの欲求を満たすかたちは、もちろん人によって違っています。そのため、自己実現が実現した段階は、個人差が最も大きくなるそうです。

知る欲求と理解する欲求

一般的には知識欲と言われる欲求ですが、マズローの著作では認知的衝動と呼んでいます。診察室ではあまり重要ではないため、認知的衝動の力学や病理はほとんど知られていないそうです。

認知的欲求の決定要因には、負の決定要因(不安や恐怖など)と正の衝動(好奇心、知る、説明する、理解する)があり、後者を認知的衝動と呼んでいるようです。

認知的欲求は、基本的安全を達成するための技術として、学識者の自己実現の表現として、あるいは基本的欲求満足の前提条件として扱われていたそうですが、マズローは基本的欲求の一つとして扱うべきと考えているようです。言い換えると、好奇心などの正の衝動そのものが基本的欲求であるということです。

著作では、その根拠として、8つの観察結果を述べています。

1.猿などの高等動物にも、空腹などと関係なく好奇心が観察できる
2.人類史では重大な危険に直面しても、事実を求め解釈を引き出した例がある
3.心理的健康な人間に、神秘的で未知のことに魅せられる傾向が観察されている
4.神経症患者も、習慣への反発、権威への反抗、サプライズ欲求などを示す
5.認知的欲求が満たされないと、精神病理学的影響が出る
6.知的な人がつまらない仕事や生活で病(退屈、興味喪失、自己嫌悪等)になる
7.認知的欲求は、成人よりも幼児や児童にに強く見られる
8.洞察は、幸福な感動的瞬間であり、主観的満足をもたらす。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)から著者がまとめた

1は生理的欲求と認知的欲求が独立していること、2は安全欲求(安全)と認知的欲求が独立していること、3と4は安全欲求(秩序)や所属欲求と認知的欲求が独立していることを示しています。

また、6の詳しい例として、次のように記載されています。

私は、知的で裕福で仕事をもっていない多くの婦人達が、徐々にこういった知的無気力の症状を現してくるのを見てきた。何か価値あることに没頭するようにとの私の勧めに従った人達には、認知的欲求というものが現実にあることを私に印象付けるに足る症状の好転あるいは治癒が見られた。ニュース、情報、事実を知ることが断たれている国や、公の理論が明らかな現実と完全に矛盾している国では、少なくともある人々には、さまざまなことに対するひねくれた見方あらゆる価値に対する不信、明白な事実に対してさえ示される疑惑、通常の対人関係の完全な崩壊絶望士気の喪失などの反応が見られた。また、他の人々には、さらに受動的な方向への不活発さ従順能力喪失自閉進取性の喪失などの反応が見られた。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

また、7の反例として、子供が認知的欲求を失ってしまう場合について、次のように述べています。

しかし、子どもは、ゴールドファーブの言うように、制度に組み込まれることにより好奇心をもたないように教えられてしまうことはありうる。

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

さらに、マズローは「知る欲求」だけでは不十分で、理解し、体系化し、組織化し、分析し、関係や意味を探究し、価値体系を構成したいという「理解する欲求」があると主張しています。

また、人は知ってしまうとより深く理解したくなるため、知る欲求と理解する欲求には段階性があることも主張しています。ただし、理解すると新たな物事を知ることになり、さらに理解する欲求が生まれるため、この2つの欲求は相互関係にあります。

審美的欲求

審美的欲求は美しさを求める衝動で、歴史、古典文学、美学者などのに立証されているそうですが、他の欲求ほどは分かっていないそうです。しかし、審美的欲求は、原始人まで遡ってみても、あらゆる文化、あらゆる時代に見られるとのこと。つまり、人類の普遍的な欲求である可能性が高いです。

私は、この現象に関して臨床的ー性格学的基礎に立って、選択した個人を対象に研究し、少なくとも、個人によっては真に基本的な審美的欲求が存在していることを確信した。彼らは醜さにより病気になり(特殊な形で)、美しい環境により治療する。彼らは盛んに熱望し、彼らの熱望は美によってのみ満足させられるのである。*1

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)
*1 Maslow, A.H., "A theory of meta motivation: the biological rooting of the value-life", J. humanistic Psychol. 1967, 7, 93-127

ただし、これは認知的欲求との明確な区別は不可能で、秩序や調和、終結や完結、組織や構造を求める欲求は、複数の欲求に混然として含まれていると予想されています。

最後に、書籍と同じ問いを記しておきます。

例えば、壁に曲がってかかっている絵を見て、真っ直ぐにしたいという強い意識的衝動を持つ場合、それは何を意味するだろうか?

引用:A.H.マズロー著「改訂新版 人間性の心理学」第4章(初版1987年)

その他の特徴

また、一般には勘違いしそうな点も、特徴として挙げられています。

● 基本的欲求階層の順序にならない例外的な人もいる。
● 上位階層の欲求は、下層の欲求が100%満たされなくても出てくる。
● 専門家でもないかぎり、基本的欲求は無意識的である。
● 基本的欲求は、文化の相違の背後にある比較的普遍的なものである。
● 基本的欲求が、ある行動の唯一の決定要因と考えてはならない。
● 行動の決定要因は、基本的欲求(動機)だけでなく複数存在する。
● 欲求は満たされると消失し、動機付け要因にはならない。

まとめ

この記事では、マズローの「人間性の心理学」の第4章の内容を簡単にまとめてみました。

他の章の読むと解釈が変わる可能性もありますが、マズローの言う基本的欲求は下図のようになっているように思います。

マズローの基本的欲求

個人的に学びのあった点は、下記になります。

● 欲求5段階に含まれない基本的欲求(認知的、審美的)もある
● 安全欲求には、構造や秩序を求める欲求も含まれる。
● 承認欲求は、所属欲求が満たされると出てくるとは書かれていない。
● 承認欲求には、自尊と他尊の2種類がある。
● 他人からの承認は、正しくないと健全な自尊心にならない。
● 認知的欲求には、知る欲求と理解する欲求があるかもしれない。

原典を読んでみると、やはり一般には知られていないことも書かれていますね。知識が流通するときは、伝える人の解釈によってフィルターがどうしてもかかってしまいます。フィルターによって、元々は言及されていたのに、都合よく解釈され、意味が変わってしまうこともよくあります。この記事も例外ではないので、できれば原点を読むことをお勧めします。



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