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家業は「事業の承継」を意味する日本、「資産の承継」を意味する欧米

先日、参加している「家業イノベーションラボ」の勉強会で、海外のファミリービジネスの講座を受講された方が、「欧米では、事業が成功したら、その事業は売ってしまって、ファミリーの資産を増やして、次の事業に投資する方がスタンダード」という話をしていました。

ファミリー企業の目的


ファミリー企業が地域に密着している点は、意外と共通するようですが、地域への貢献の仕方が、日本のファミリー企業は「代々受け継いできた事業を通じて貢献」という意識が強く、欧米のファミリー企業は「その時々に地域に必要な事業を行ったり、文化振興など営利に馴染まない部分のスポンサーになるために、ファミリーが資産を積む」という感覚が強いようです。

日本は、「まず、本職の事業を行い、そこで余裕が出来たら地域に還元する」と、地域に還元することはオプショナルな目標という位置づけです。欧米は「地域に還元するために儲かる事業をする」と、バックキャスト的な発想をしているとも言えるようです。

そのため、欧米ファミリー企業の焦点は「いかにファミリーの富を増やすか」にあります。ファミリーに富があるからこそ、タイムリーに、その時に必要な事業を打ち出せる、と言う発想。

それに対して、日本のファミリー企業は「代々のこの事業を継続して欲しい」と、「事業をどう継続するか」に焦点が当たっている傾向があるように思います。

「この、代々続いてきた印刷所をこれからも続けて欲しい」「子の代々続いてきた染物屋の伝統をこれからも残して欲しい」みたいな感覚。

いわゆる「本業」というものがあって、「うちは書店が本業だから」とか、「うちは金属加工が本業だから」というのが大前提。

そして、世間もそれを期待していて、他の事業を行おうとすると「本業以外に手を出す」みたいな表現も言われたりする。

つまり、日本のファミリー企業が継承したいのは「本業」であり、欧米は「資産」であるともいえます。

経営学的に言えば、「資本家」と「経営者」が分離していて、次世代に継承されるものは「本業の経営者」の立場なのか、事業にお金を出している「資本家」の立場を継承するのか、ということなのでしょう。

いわば「同族経営者」を継承するのか、「同族所有者」を継承するのかというところ、この「経営」と「所有」の日本と欧米の差は、様々な論文が出ています。

世界の同族企業研究の潮流 入山章栄

日仏の同族企業の現状と課題に対する一考察 日本大学 水谷公彦

概ね、欧米は親族で株を所有し経営はプロを招聘してくるが、日本はそもそも親族が経営者としての事業への直接関与する程度が高いという傾向があるようです。

「事業に携わることを継続したい」日本

日本のファミリー企業は、「親の背中を見て育つ」と言うことを重視しているように思います。ともすると、それが後継者としての強みともなります。

小さい頃から、親が魚を捌いているところを見てきた、親が工場で働いているところを見てきた、親が店に立ってお客さんと話しているところを見てきた。

そういう経験が後継者教育の一つともされています。逆に言えば、「子どもは親と同じ仕事をするに違いない」という暗黙の前提があるわけです。

そして、会社に入ってからも、「まずは家の仕事を覚える」として、印刷所なら印刷のメカニズムを、鉄工所なら機械の動かし方を、士業事務所ならまずそもそも資格の取得を、水産関係なら船の動かし方や漁の仕方と、「現場の手に職」を覚えることが、後継者教育の一歩目として位置づけられているファミリー企業が多いように感じます。

そして、家業が属する業界に固有の基本的な知識がついてきたら、今度は、営業として得意先に顔を売ったり、経理として金融機関に顔を売ったり、会社の様々な機能を経験しながら、人脈形成のステージに移行するパターンですね。

私もこのパターンでした。

そして、我々、後継者世代も、「家業を承継する」と聞いた場合、「親の株の所有権を継承する」という感覚より、「親の仕事を継承する」「我が家の本業を守っていく」という感覚の方が強いのではないでしょうか。

まず、個別固有の事業経営の経験を積み、その事業における立派な経営者になることこそが「事業承継」の準備であり、そして、その準備が終わった段階で、一番最後に、「それで株式どうするの?相続税対策は?」みたいな話が副次的に出てくる。

さらには、近年、後継者不足のM&Aなども盛んに行われていますが、結構、「会社のオーナーが変わっても、社員の立場で今の事業に携わり続けたい」というような要望を持つ経営者さんが多いのですよね。

「経営者」を外から呼んでくるのではなく、「出資者」を外から呼んできて、事業自体は同じことを継続したい。

それが日本の経営者の本音なのでしょう。

だからこそ、日本は長寿企業が集まる

そして、この「事業そのものを継続したい」という指向性の結果、世界の長寿企業の大半が日本に集まるということになりました。

創業から100年以上を経過した企業の数を国別に調査した。世界で最も100年企業が多いのは日本で3万3076社。世界の創業100年以上の企業の総数、8万66社の41.3%を占めた。

ちなみに、世界で一番古い企業は、奈良の金剛組という宮大工から始まった建設業の会社578年創業だそうです。

こちらの記事では、創業1000年を超える企業9社が紹介されています。

https://jp.stanby.com/media/old-shop/

いずれも、「同じ事業を継続」しています。

もし、金剛組を経営している一族が、ファミリーの富が溜まったので、「建設部門は他の人に譲って、こんどは奈良のために旅館を開業しよう」とか、「こんどは地域の人のために酒造業をやろう」というようなことをしていたら、このランキングには載らなかったわけです。

冒頭に書いた「我が家の本業」を守り続ける指向性があったからこそ、1000年を超える事業存続があったわけです。

私も、創業600年というと、海外の方にめちゃくちゃ食いつかれます。

なんだったら、フードテック界隈の話で「今日は、テクノロジー的な話だな」と思ってミーティングに臨んだら、「麹菌の特性は?」みたいな話になるかと思ったら、600年に食いつかれて「家訓とかあるのか?」とか「小さい頃から何を食べて育ったのか?」とか、めっちゃファミリーの話しで時間の大半を使ったことがあったりします。

それだけ、「同じ事業を継続する」と言うことが珍しく、また、難しいと言うことでしょう。

そういえば「本業」のニュアンスを示す英単語って、パッと思い浮かばないです。あったら教えてください。

家業を継続する難しさ

ちなみに、その難しさとは、

経営者を外部招聘するのであれば、候補者は理論上無限にいます。でも、親族で承継するのであれば、親族に限定した段階で候補者の数が、一気に数名絞られてしまいます。長男にこだわれば、1分の1の候補を確実に経営者として育て上げなければいけません。

「後継者候補の選択肢を限ってしまう」という、一見すると不利な戦略をとっているわけです。ただ、裏を返せば「早い段階から後継者の自覚を意識させることも出来る」わけで、このバランスが、家業継承のポイントと言うことになるのでしょう。

また、「事業の経営者として継続する」となると、自分を経営者として任命する権利を持ち続けなければいけません。つまりは、他人の資本を入れたくない方向に働きます。

ファミリーの富が目的であれば、有望な事業、売却価値がある事業であれば、他人に株を売ってしまい、自分たちは次の事業のオーナーに移行すると言う戦略はあり得ます。

一方、オーナーの立場に拘るのであれば、外部の優秀な経営者を招き、ファミリーは株主の立場に専念するという、メリハリのある態度が取れます。

それに対して、「経営者として事業に携わりたいし、株主として他人に経営者の任命権を握られたくない、株を分散させたくない」となると、基本的には事業資金は手元キャッシュでいくか、金融機関からの融資が主な選択肢となってきます。

つまりは、資金調達の手段が限られるようになるわけで、経営としての自由度は低くなります。ただ、この自由度が低いこと自体が、「事業内容を変更せず、同じ事業を継続する」指向性にはマッチしたのかも知れません。

というわけで、今日は事業承継について書いてみました。




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