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種麹、純粋培養菌は「ひ弱なエリート」なのか?

よく、『市販されている菌は、純粋培養菌で生命力が弱い』というような表現を見かけます。種麹(麹菌)だけでなく、酵母菌、イーストや乳酸菌などでも良く見かける表現で、野生株の特色として『生命力が強い』という表現がなされることも多いようです。

今日は、この話について考えみます。なお、この見解は、種麹業界や醸造業界を代表すると言うより、「うちの会社(ビオック・糀屋三左衛門)を経営していくうえでは、実務経験から、こういうふうに捉えている」という個人の見解だと思っていただければ幸いです。

そもそも生命力とは何か?

そもそも、『生命力』とはなにか?ということ自体が定義の難しいものですが、とりあえず、このnote記事においては、「生育スピードが速く、たくさん子孫を残すことが出来、どんな悪環境にも耐え、集団としては他の微生物よりも自分達のテリトリーを維持拡大する能力に優れている」ことをもって「生命力がある」としておきましょう。

【種麹メーカーから供給される『純粋培養菌』より『野生株』の方が『生命力が強い』】という表現に込められている『生命力』を表すイメージとしては、それほど外れていないのではと思います。


種麹として商品化される麹菌とは?

さて、種麹として商品化される麹菌として求められる性質は何でしょうか?

「求められている酵素を生成する?」確かに、それはあります。でも、もっともっとその前の大事な条件があります。

それは、「経済的にペイする育てやすい麹菌」です。簡単に言えば、種麹は『麹菌の胞子をたくさん集めたもの』ですから、種麹に使う菌株には、『胞子がたくさんつく麹菌であること』が求められます。

『胞子のつきやすさ』は、そもそも検討されるための第一条件といって良いでしょう。

同じ量のお米に菌株を生やして種麹にしたとき、胞子の量が10とれる菌株と、3しかならない菌株なら、商売としては10とれる種麹の方が、種麹メーカーとしてありがたいです。

当社にも、時折、様々な機関、団体から、採取された麹菌が持ち込まれます。率直に言って、現在レギュラー的に出ている菌株と比べると、胞子のつきやすさは、よくて6割ぐらいの感覚があります。

採取されもちこまれた菌株の胞子のつきやすさが、当社の通常商品用菌株を遥かに上回るほどだったケースは、今までなかったように記憶しています。

ところで、種麹用の菌株として優先される『胞子のつきやすさ』って、これって、『子孫を残す能力』ですよね?

そう。そもそも、種麹は『子孫を残す能力が極めて旺盛な菌株』で作られています。

ひ弱で子孫を残す能力がない菌株を、コストと労力をかけて、設備や技術の工夫で強引に商品化しても、コストや労力が回収できず、商売としては成り立ちません。ぶっちゃけ、種麹は『生命力が弱い菌』を技術と設備でこねくり回して無理矢理商品にするコストをかけて見合うほどのビジネスや産業にはなっていません。

ですが、そのような仕事も、社会的、研究的な意義の大きさとなると別です。多数の菌株を保有し、維持していくことは、レッドリストに載っている絶滅保護動物を採算度外視で保護するような感覚の方が近いです。また、その保護技術を育成していくことも、様々な種類の国菌たる麹菌を守っていく上でとても大切なことです。

このような仕事を通じて多様な菌株を後世に残していくことも、また、種麹メーカーの責任だと思います。

商売としては、どうせ同じコストや技術、労力を投入するなら、最初からそもそも、特段に高度な世話をしなくても、ガンガン胞子をつけてくれる強い菌株にこそ、コストや労力を投入する方が、経営的に見ても、種麹メーカーの私たちにとって合理的でサステナブルな選択です。


そうです。

大事なことだから二回言います。


種麹はそもそも『子孫を残す能力が極めて旺盛な菌株』で作られています。


雑な環境でも育つ菌株

前段では「子孫を残す能力」としましたが、今度は環境への対応力という点で考えてみます。

結論から言います。種麹は「環境への対応力」も優れています。種麹は、売った先でどんな環境で製麹されるか分かりません。非常に設備の整った高度に衛生的な工場かもしれませんし、家庭のキッチンレベルかもしれません。

ある程度標準的な製麹法というのはありますが、日本各地、様々な醸造物、麹の作り方や環境、それこそ、麹にする原料だって米や麦だったり、千差万別です。夏だったり冬だったりもあります。

もちろん、それぞれの条件によりよくフィットする菌株というのはあります。それは、「よりよくフィットする」ということであって、「別の用途には絶対使えない」わけでもないです。麹菌って、結構柔軟です。

より環境に柔軟に適合する菌株の方が、当然、種麹用の菌株としても望ましいです。「少々雑に扱っても、少々の雑菌汚染があったとしても、ものともせず、ちゃんと麹になってくれる可能性が高い菌株」の方が、場面の汎用性に優れています。種麹という商品にはしやすいし、安心して流通させられます。この考えは、メーカーとして自然な考えだと思います。

 そして、今出回っている種麹、いや、おおよそ3,40年ぐらい前には、市中に出回る種麹は、ほぼほぼ、(常識的な製麹の範囲で)「少々雑に扱ってもちゃんと麹になってくれる、安全性の高い菌株」だといっても、感覚的には過言では無いと感じます。(一旦、何が常識的というのかみたいな議論は横に置きます)

 ところで、「少々雑に扱っても、少々の雑菌汚染や悪環境があったとしても、ものともせず、ちゃんと麹になってくれる菌株」

 って、、『生命力が強い』というイメージそのものではないでしょうか?


そもそも繁殖力がある菌株を使うことが経済的にも合理的~自然と経済の両立

そう、

『種麹に使われるような菌株』こそ、「生育スピードが速く、たくさん子孫を残すことが出来、どんな悪環境にも耐え、集団としては他の微生物よりも自分達のテリトリーを維持拡大する能力に優れている菌株」

なのです。そして、この観点において、(今ほど衛生状態が良くない時代はもっとシビアにこの条件で選んでいたと思われます)何百年という淘汰のすえ、その淘汰圧を生き残って選抜されている『超生命力がある菌』こそが、今現在流通している種麹の大半になっているといってよいでしょう。

『そもそも繁殖力旺盛な菌株を使うことが、まず、種麹づくりの一丁目一番地』というのは、種麹メーカーとしては、少なくとも私が産まれる前には、とうに辿り着いている話なわけです。その先人の歴史の厚みには敬服するばかりです。

そして、当社には『麹の声を聞け』という言葉があります。結局の所、下手な無理をするより、麹菌が『胞子をつけたい!』という生命力の声を聞いて、その可能性を最大限に引き出すように誘導してあげることが、種麹製造としても、一番望ましい結果になります。種麹メーカーが行っていることは、それです。

むしろ、感覚的には、麹菌に無理をさせないで作ること、それは経営的にはコスト(原価)をかけないで作ることこそが、経営技術ともいえます。

そもそも『繁殖力旺盛な自然由来の菌株を使い、その可能性を引き出していくことが、安全面でも、経済的にも合理的である』ということは、『持続可能的である』のではないでしょうか。

近年話題のSDGsは、自然保護も、経済成長も、総合的に持続可能な社会を目指す概念ですが、種麹メーカーはそのSDGsの概念にも、かなり前から自然と辿り着いていたのではないかと思っています。


なぜ、『純粋培養菌で生命力が弱い』というイメージになったのか?


では、なぜ、『純粋培養菌で生命力が弱い』というイメージになったのでしょう。

『純粋培養菌』という表現は用いませんが、私たちは『純粋に培養できる』という表現自体はつかいます。これは『他の雑菌が含まれていない』ということであって、意味としてはそれ以上でも以下でもありません。

ところが、『純粋』という単語は、科学的な意味合いを横に置くと、一般的には、『純粋な子ども』『純粋なエリート』という風に使われることが多いです。言葉の結びつき(コロケーションといいます)によって、『ひ弱』『世間知らず』みたいなイメージがある単語です。

科学用語と世間的な意味合いとの乖離ですね。

そして、様々な麹菌の育種技術を種麹メーカー、に限らず、醸造に限らない多くの食品バイオメーカーが、技術開発を売りにしてきたという流れがあります。

当社は商品用の麹菌に実施していませんが、バイオ技術としては紫外線やX線照射による特殊な変異や、細胞融合、遺伝子組み換えなど様々な技術が『最先端技術』として存在し紹介されてきました。

これらの最先端技術を技術として保有し、研鑽することはとても大切なことです。その技術が、麹菌、微生物の新たな可能性を切り開くことにもなります。

ただ、「ある技術を保有している」ということと、「ある技術が商売として成り立っている」ということには、マリアナ海溝よりも深い溝があります。

 では、通常的に私たちは、どんなことに優れていることをもって、商売しているのでしょうか。


種麹メーカーは、「つんく♂」?

当社は3000菌株ほどを保有しています。その中で、商品として流通する種麹はごく1部の菌株です。

そして、まず第一条件として『胞子のつきやすさが、経済的にペイするかどうか』でふるい落とされています。

簡単に言えば、3000人の応募者があったとして、最初の歌唱テストで合格者がいきなり一桁単位で絞られる芸能人のオーディションのようなモノです。

もしくは、3000人が志望するプロ野球の入団テストで、最初の50m走や遠投など基礎体力チェックでふるい落とすイメージでしょうか。

そのあとも、環境に対する適応力など、基本的な能力を見た上で、はじめて、生産する酵素の組成がどうということを検討する土俵に乗ります。芸能人のオーディションや、プロスポーツの採用テストで、基礎の音程やダンスが見られたり、基礎の体力チェックを通過しないと、面接試験や実技テストを受けられないのと同じイメージで良いでしょう。

逆の立場で考えると、いくつもの菌株の中から、「これは商売として成立する」という菌株をどうやって見抜くかが重要になります。

そう、芸能界だとつんく♂さんや秋元康さんなど『名プロデューサー』と呼ばれる人がいて、スターの素質を見抜きます。プロ野球にも、名選手たる素材を見抜く『名スカウト』と呼ばれる人がいます。そして、独自の評価観点のノウハウ、着眼点が、彼らのプロとしての技術になっています。

それと同様、種麹メーカーとしても、菌株を選んでいく独自の基準があり、それが、明文化できる知識や、身体的な感覚に依存する感覚スキルも含めて、ノウハウとなっているわけです。

もちろん、例えに乗っかるなら、素質だけでなく、その素質を伸ばすコーチが必要です。一流芸能人になれば専属のボイストレーナーが指導していきます。プロ野球も、スカウトが見抜いた素材を、今度は、プロのコーチがその素質を引き出す指導をして、スター選手となっていきます。

種麹づくりでいえば、素材(菌株)を用いて、実際に種麹にするところが当然ながらノウハウです。明文化されたモノも、暗黙知も、身体的スキル(テクネー)も、全部入っていますし、ここが、私たちが商売をしていく基礎になります。

スカウトした素材に、プロのコーチがついて、一流芸能人、一流スポーツ選手となっていくくように、種麹メーカーとしては、そもそも生命力がある菌株(スカウト)に、さらに、ノウハウを集めた培養(プロデュース)を行うことで、商品としての種麹が作られていきます

そして、同じプロデュースのノウハウを投入するなら、良い素質に投入する方が良いです。普通の15歳にトレーニング設備を与えるより、15歳のダルビッシュ選手にトレーニングルームを与える方が、優秀な選手になる確率は高いです。

種麹の純粋培養とは、「ひ弱なのび太に至れり尽くせり」ではなく、「ジャイアンにトレーニングマシーン」

そう、

種麹の純粋培養とは

『ひ弱で頭の良いエリート、ちびまる子ちゃんの丸尾君みたいな子どもに、スネ夫の両親のような至れり尽くせりの甘やかし温室環境を整える』というイメージではなく、

『どんな環境もモノともせず我が道を行くジャイアンに、ドラゴンボールの精神と時の部屋に突っ込んでベジータに力を引き出してもらう』、

あるいは、『雑草魂の上原選手に、最新トレーニングルームを好きなように使ってもらい、最先端の理論コーチをつけて、最強投手を創り出す』

というようなイメージをしていただく方が、実像に近いと感じます

他の種麹メーカーさんに怒られそうな例えですが。本日の話はここまで。

最後までご覧いただきありがとうございました。 私のプロフィールについては、詳しくはこちらをご覧ください。 https://note.com/ymurai_koji/n/nc5a926632683