ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか?~先延ばしのメカニズム、その克服方法~

先延ばしによってアメリカで生じる損失は年間10兆ドル!?

1.先延ばしは人類みな共通の悩み?

経費の精算、稟議書類の確認、作らなければならない会議資料。
はたまた、提出期日が迫ったレポート、ゼミの卒論発表用プレゼン、学生課に提出しなければ各種調査書類。
そこかしこにやるべきタスクや課題が山積している。

”読み切れない雑誌のページ 読まなくちゃいけない気になるよ”
そんな気持ちはあるけれども、結局読まない。
”部屋の隅 積まれたゲームソフト やらなくちゃ意味がないのかな"
そんなVoiceも届いてきそうである。

なんだかんだでやるべきことを先延ばしにして、結局あわてて着手するのは締め切り期日が近くなってから、という経験は私自身も筆舌に尽くし難いほど経験したことがある。

皆様はどうだろうか?
物事を先延ばしにして、低クオリティな成果物が完成し、
もっと早く取り掛かっておけば……
と後悔したことはあるだろうか?

その後悔は、
次こそは早く取り掛かる……!
という決意とセットではなかっただろうか。

さらに、また先延ばしをして
またやっちまった……
というループに陥ることも容易に予想できる。

そんな、何故私は追い込まれないと物事を進められないのだろう?か、とお悩みの皆様に朗報がある。
物事を先延ばしにする癖は、DNAに書き込まれた、我々人類の進化に伴う物であり、みんな悩んでいることである。決して自分自身が100%悪いわけではないのだ。

しかしながら、”書類の提出が遅れたのはDNAのせいで、私は悪くありません!”と言い訳をしたところで通用するわけがない。
小学生の”夏休みの宿題やったけど家に忘れました。明日持ってきます!”という言い訳の方がはるかに通用する(であろう)。

そんな先延ばしについて、メカニズム方程式(要因)、その克服方法について、『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』(株式会社CCCメディアハウス発行)を基に解説していこうと思う。

なお、本書では、先延ばしの定義について『自分にとって好ましくない結果を招くと知りながら、自発的に物事を延期すること』と定義している。

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2.先延ばしの発生メカニズムについて


先延ばしを含め、物事の意思決定に関わる脳内の部位として以下の2つがある。
・辺縁系
・前頭前野

辺縁系は、進化の歴史上、比較的早い段階で登場した。したがって、その機能はほかの動物あまり変わらず、手っ取り早く決断をくだし、反射的な行動を促す。辺縁系の関心が及ぶ範囲は、目の前の具体的なものに限られる。一方、もっとあとになって進化した前頭前野は、辺縁系より柔軟に決断を下すが、決断のスピードが遅い。前頭前野が得意とするのは、大局的な思考、抽象的な概念、遠くの目標を扱うことだ。
ビアーズ・スティール著,池村千秋訳(2012),『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』,株式会社CCCメディアハウス,p70-71

例えば、あなたは今、1か月後に迫った健康診断に向けて食事制限をして3kg痩せよう(ダイエットしよう)という目標を立てているとする。そこに、友人からあたなの大好きなケーキをプレゼントされたとしよう。

栄養があるからさっさと平らげてしまえ!なにより大好物だ!”とケーキを食べたいという欲求が生じる。
一方で冷静な理性が"今は健康診断に向けてバランスの良い食事をしている。ここは我慢すべきだ”と助言をくれる。

目の前の甘くてカロリーたっぷりなケーキを食べたいと思うのは辺縁系の働きであり、来月の健康診断のために我慢しなければ、と理性を働かせるのは前頭前野の働きである。

前頭前野の判断が勝れば、ダイエットを優先し、ケーキを食べるのを我慢できるだろう。健康診断向けて好ましい選択をしたといえる。

辺縁系の欲求に身を委ねれば、ケーキを平らげ、さらには砂糖とミルクたっぷりのコーヒーも飲んでしまうであろう。つまり、ダイエットしようという行動を先延ばしにしてしまったのである。

最終的には”ケーキはプレゼントでもらったものだし仕方がない。明日から頑張ろう”と柔軟な前頭前野をも巻き込んで計画を修正してしまうのである。

本書では、聖書の逸話であるアダムとイブの物語を用いてこのことについて説明している。

地球上に人類が誕生した頃、私たちは喉が乾けば水を飲み、空腹を感じれば食べ物を食べ、やる気がわけば仕事をしていた。つまり、私たちが衝動を感じる対象は、おこなう必要のある重要な課題と一致していた。しかしやがて、知恵を駆使して未来を予測し、それに備えて計画を立てるようになると、私たちは自分の本能のまま行動するのではなく、自然の状態で想定されていたのとは異なる行動をする必要が出てきた。
上記同書,p91-92

人類は寒くて厳しい冬期を生き延び、繫栄するために、暖かい時季に計画的に食料を集める必要があった。
しかし現代では、コンビニやスーパーに行けばいつでも簡単においしい食料が手に入り、テレビやネットを見れば美味しそうな食べ物の広告がひっきりなしに出てくる。
ダイエット中の身には、あまりにも誘惑が多すぎる。

私たちの脳の回路はいまだに、太古の不確実な世界、つまり食べ物がすぐに腐り、天候がたちまち変わり、所有権制度がまだ発明されていなかった時代にふさわしい時間感覚を前提にしている。私たちは、目先のことに反応するようにできている脳で、未来の課題やチャンスに取り組んでいるのだ。楽園が失われて、文明が築かれた結果、私たちは永遠に先延ばしと闘う運命になったのである。
上記同書,P92

未来・将来のために取り組まなければならない課題に対して、目の前の誘惑(インターネット、ゲーム、アルコール、タバコ、友人との交流、異性とのデート、遊びetc)があまりにも多く、そして強烈な現代では、先延ばしはより深刻な問題となってしまうのもうなずける話である。

先延ばしによって失うのは、健康だけではなく、キャリア、友人関係、時間……多岐にわたるのである。

3.先延ばしの方程式

一方で、上記のようにケーキが用意されていても、我慢できる人がいることも事実である。
本書では、先延ばしの方程式として以下の式が用いられている。

方程式

期待と価値が高ければ高いほど、物事を先延ばしせず衝動性が強く遅れ(ご褒美や結果が得られるまでの日数)が大きい(長い)と、物事を先延ばしにしてしまうというものである。

上述のケーキの例を用いて、ケーキを我慢できる確率(ダイエットを先延ばしにしない確率)を求めるべく、方程式に各変数を代入してみる。
・期待:私はダイエットを完遂できる、という自信(自分への期待)
・価値:ケーキを食べないことが、どの程度ダイエットにつながるのか
・衝動性:ケーキを食べてしまいたいという欲求
・遅れ:健康診断までの日数

私はダイエットを完遂できるし、ダイエットすることにはとても意義があり【期待が高い】
余計な物(ケーキ)を食べることはダイエットを妨げると考える
【(ケーキを我慢する)価値が高い】
甘いものをあまり食べたいという欲求があまりなく
衝動性が小さい
健康診断の実施日まで日数が短い
【(結果が表れるまでの)遅れが小さい(時間が少ない)】
場合は、ケーキを我慢できる確率は高くなるであろう。

反対に、
ダイエットなんてどうせ成功しないと思っているし、健康診断のためにしぶしぶダイエットをしており【期待が低い】
ケーキを我慢しても大きく影響しないと考え【価値が低い】
甘いものを食べたいという欲求が強く【衝動性が大きい】
健康診断までまだまだ時間がある【遅れが大きい】
場合は、ケーキを我慢できる確率は低くなるであろう。

では、これらの要因(変数)をどのようにコントロールしていけば、先延ばしは克服できるのだろうか。

4.先延ばしの克服方法

先延ばしは、「期待」、「価値」、「衝動性」、「遅れ」が要因となっている。
このうち自分自身である程度コントロール可能な「期待」、「価値」、「衝動性」について、どのように向き合っていくべきか、本書からいくつか抜粋して紹介する。

期待-「どうせ失敗する」を克服する-
脳内コントラスティング法を用いる
自分自身を信じ(努力すれば○○になる、できるようになる)、理想の自分や将来を描くと同時に、現在の自分を対比させる。

●課題を小分けにする
達成した課題(成長)を記録し、成功を積み重ねる(成長の螺旋階段を上る。日々進歩しているということを実感する)。

●失敗を計算に入れる
目標達成に向けて何が障害になるのかを考え、あらかじめ障害をピックアップして注意を払ったりたり障害を取り除いておく。また、先延ばしにしてしまった場合の復旧プラン(罰則や強制)を予め決めておく。

価値-「課題が退屈」を克服する-
●ゲーム感覚を持つと目的意識
退屈な課題にはゲーム感覚を持つと良い。例えば、メールの返信を3分以内に送信できれば勝ち、と言ったようにゲーム性を創り出す。
また、自分自身の目標にはモチベーションが感じられるため、この課題が将来の自分にどのようにつながるのかを意識する(気の乗らないメールの返信も、午前中に返信しておけば午後は集中して業務に取り組め、その結果早く退勤できると言った具合に)。

衝動性-「誘惑に勝てない」を克服する-
●プレコミットメント(事前の自己拘束)という考え方
事前に誘惑を避けたり,障害取り除いたりするために自分自身に制約をかけること。
例えば、時間さえあれば(なくても)スマホをいじってしまうような人は、スマホを一定時間時間が経過しなければ開かない金庫、ケース等に入れて強制的に操作できなくなるような対策を取る。
本書では、ある小説家が、小説の執筆をはかどらせるために自分自身の身体を机に縛りつけた例も紹介されている。

●具体的なゴールを設定する
モテるためにボディメイクをする、と言ったような抽象的なゴールではなく、上半身と下半身の筋量を合計で1kg増やし(定量目標)、腹筋が割れて見える状態(定性目標)を目指すと言った具合に、細分化した具体的な目標を立てる。
また、ミニゴールを設定することもよい。例えば、どうしてもやる気が出ないときは、「ジムに行く」ことだけを目標にする日もあってもよいだろう。
ジムにさえ行ってしまえば、きっとトレーニングをして帰るはずだ。

5.先延ばしを克服しよう

ここまで先延ばしのメカニズム、方程式(要因)、克服方法を紹介してきた。
先延ばしは、未来のご褒美(キャリア、健康、交友関係などの社会との良好な関係)よりも、現在のご褒美を優先してしまった結果である。

しかし、人間である以上、目の前の誘惑を振り切って先延ばしと闘っていかなければならない。
自分の脳内で、何が先延ばしを引き起こしているのかを理解して、対策を練ることで闘いが有利になることだろう。

しかしながら、「先延ばしの克服し過ぎ」は禁物であると筆者は述べている。

適度な自己コントロールを実践するためには、感情を否定するのではなく、感情を尊重する必要があるのだ。誰にだって、感情や欲求を発散させ、友達と馬鹿笑いし、自分を甘やかす時間が必要不可欠だ。ウェールズの放浪の詩人WHデービーズの言葉を引用しよう。「もし心配事ばかりしていて、ゆっくり立ち止まり、いろいろなものをじっくりみる時間もないとすれば、そんな人生になんの意味があるだろうか」。怠けるのが好きだったり、不まじめだったり、気まぐれだったりする性質は、私たちの人生になくてはならない要素なのだ。
上記同書,P289

「適度に自分を許すことが長続きの秘訣さ」
「今日だけ頑張った者にのみ明日が訪れる」

どこかの地下労働施設で聞いた言葉であるが、まさにこのバランスを適度に保つことが重要ではないだろうか。



6.追伸

8月16日に書き始めてから、はや12日もたってしまいました。

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