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平熱のまま世界を愛したい。ベランダというバンドの話。

僕は日常を描いた作品が大好きだ。

保坂和志の小説の穏やかさに惹かれるし、今でも時々ドラマ「すいか」を見返すこともある。舞台なら断然五反田団だ。先日記事にも書いた「PERFECT DAYS」のような映画も、自分の好みにドンピシャだった。

ジェットコースターのような急展開が起こるわけでもない、エンターテイメントとしては地味な作品を、どうしても好きになってしまう。

それはきっと、僕が創作物に求めているのが、我を忘れることではなく、我を見つめることだからなんだと思う。虚構という補助線を通して、現実に潜む真実を自分なりに追い求めたいのだ。日常を描いた作品は、一見単調で平凡だからこそ、描写の解像度が高く、そこに人生の真実が見え隠れすることがある。興奮した状態ではなく、平熱の状態だからこそ視界がはっきりするような。そう、たぶん僕は、平熱のまま世界を愛する術を、虚構の中に求めているのだと思う。

それは音楽に対しても同じだったりする。言葉と音が凝縮された情報量の多い曲ももちろん好きだが、日常のBGMになるような、ふわりと心の隙間に入ってくる曲に惹かれる。

京都で生まれたベランダというバンドが、まさにそんな感じだ。

2017年の1stアルバムのリリース以降、密かにずっと聴き込んでいる、大好きなバンドだ。

彼らは思わずこぼれ出る日常のぼやきを捉えるのがとても上手い。何気なく放たれる言葉にほど本音が込められているもので、本音だからこそ深く胸に染み込んでいく。

お金はないが欲張りたい
用はないけどそばにいたい
弱いままでも強がりたい
忘れていくことだけ覚えていたい

エニウェア


1stアルバムの一曲目、「早い話」の冒頭フレーズもお気に入りだ。

夏場は恋も音楽も足が早くなるから
たまには慣れないことしよう
マリネ作ってみよう
早朝に起きて

早い話

2018年の2ndアルバムから新曲のリリースが途絶えていた彼らだが、先日6年ぶりとなる新曲「Not Bad」を発表。「デタラメくらいが楽しい」というフレーズが印象的な、リラックスしたムードの楽曲だ。

リリース直後にライブのスケジュールが発表され、これは行かねばと思い、先日下北沢に足を運んだ。6年ぶりに見た彼らは、どこまでもマイペースで、平熱だった。なのに、自分の心は平熱以上の温度になっていた。

新曲が発表されるまでの6年間、何度もベランダの曲に励まされた。奇しくも自分が起業した年と彼らが1stアルバムをリリースした年が同じということもあり、勝手に自分の歩みと彼らの歩みを重ねている節があった。コロナによって思うように音楽活動ができなかった歯痒さもあったろうし、先日バンドメンバーの脱退などもあり、きっと彼らも苦労をしたのだと思う。僕自身も、この6年でさまざまな環境や心境の変化を経験したが、それでもなんとかここまで生きてきた。この6年間メンバーそれぞれが「生活をしていた」というMCを聞いて、思わずグッときてしまった。そう、僕らはみな、いろいろありながらも、きちんと日常を積み重ねてきたのだ。

帰りがけ、彼らのバンドTシャツを購入した。Tシャツには室外機のイラストが描かれている。室外機ほど、健気に僕らの日常を見守っている存在はないと思う。外に締め出され、誰かが気にかけてくれることもない。けれど、たしかに役割を果たしながらそこにいる。僕らの平熱を、保ってくれている。


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